12.5th Day : Terror adhaerens

#168 Mosquito Bite(小さな一撃)

 こうして、俺達は――いや、厳密に言えば…言うなればか?


 そう言った種類の、極めて個人的な感傷を多分に含んだ青春の延長戦は予定外に敢え無く――ともすれば呆気無く、延長線で消滅する様に溶解して決着となった。


 しかしながら、惨めな執着における終着は俺にとって…マジでほとほと予想だにしない結末で。


 メジャーデビューを目前に控えて尚、未だに自覚の薄い偉大な幼馴染について、どうしようもなく拭えない劣等や焦燥――或いは新たな火に繋がる種火に似たが間違い無く存在する。


 きっと現在のアイツは、全てが収まって大団円。楽観的にそう思っているだろう。或いはそこまで思ってない。


 彼はそういう奴だ。

 痛い程それは理解している。

 それは誇張では無く、死ぬ程に実感している現実だ。


 けれど、俺が…生来より物心ついた頃から最も親しく近しい人間であるアラタに感じるコンプレックスの根はもっと根深くて重たい。


 だが、その反面――正確には反面では無く同面で両面なのだが…いや違うな――位置するや座する面を問わず――その深さの分だけ俺は、彼の才能を信じていて。そこに賭けているのも揺るがない事実である。


 だからこそ、今まで以上に意地悪でシニカルな物言いになる。誰に赦しを乞うわけでも無くそうなるのは致し方無い。


 それも自覚的に分かってはいるけど、その程度には俺は――どうしようもなく個人的な人間だから。

 そのせいで矛盾の上を歩く複雑で曖昧な物言いになるものだ。


「あ、そう言えば、アラタ…」

「ん? どした?」


 住み慣れた地元の道故さ、迷い無く歩む帰路への足を止めず、こちらに目も向けない無神経な幼馴染。

 基本的に臆病で内向的な性格と反比例する、自信に満ちた恐れを知らない大股は別段いつもと変わらない彼の姿。


 全く本当に――嫌になるほどに、いつだって彼はいつも自然体だ。

 どうしたって、どうにもならないほどに――いつの日もブレずにアイツは、良くも悪くも自らを偽らない。無意味に飾らない。


 本当に、心の底から羨ましい。


 それ故に効く毒。

 そんな彼にだからこそ響く怨嗟。

 染み渡る絶叫。


 矮小な反撃とその効力を活かす為の前準備。


「そう言えばさっき、新山ニイヤマ家絡みのって言ってたよな?」

「あ? ああ…おお、まあな。勿論彩夏アヤカ彩乃アヤノさんを通しての行軍とだけ…」

「その中で彩夏さんと中身ハラを割って話す機会があったか?」

「って、え? あれ? そんな話…したっけ?」


 そんなに俺の言葉が意外だったのか、今度こそ足を止めて真意を問う幼馴染。

 地方都市特有の財源不足からか、まばらに設置された街灯に照らされて煌めくトレードマークの金髪が小波さざなみの様に小さく揺れる。


 偏屈な性格由来で偏執したフェイバリット故、若干パラノイアに使い込んだブーツを潮騒代わりに柔らかく鳴らしてから、すっと歩みを止めた幼馴染は有する知性の割に――致命的に察しが悪く、先天的な能天気ノロマの癖にどうしようもなくカンが鋭い。その尖った特性にきっと――多分本人は気付いていないだろうが。


 しかし、誇れる相棒の有する微細に相反した二面性は、この場面では何の役にも立たないだろう。それどころか害悪とさえ言える。

 そして同時に、そう仕向けたのは俺をおいて他に無い。それは俺だけの劣等だ。


 無意味な自己陶酔と絶望に浸りそうな気配を「まあ、予想だけど」と言う言葉で予防して、戸惑う気持ちを視界から外して撹拌かくはんする。


「お前の言うあれこれとやらの中で、新山さんにも結構…率直で実直なキツい言葉をブツけたんじゃね?」

「なっ!? い、いや…なんで?」

「分かるさ。それくらい。手を取るようにな」

「嘘だろおい…。僕はそんなに単純か? ああ…まー単純かなぁ…?」


 アラタは困惑の果てに産まれそうだった疑念を勝手に飲み込んで消化してしまった。とんだ自己解決能力だ。


 そんなに羨ましくないな…。


「お前の単純性シンプルはさておいて、どんな感じの事を言ったかくらいは推察出来るよ」

「ほう、自信があるのか? オラオラ、言ってみろよ!」

「あァ? 後悔すんなよ」

「いいから! Let's move it!!」


 見知った近所に住むイタリア系アメリカ人の師を持つ、同門生の聞き慣れた英語は彼方遥かに響くけど、本来の骨子はそれ以外に有る。


 別に英語はお前アラタの専売特許じゃない…頭をもたげたのはそんなくだらない事実。

 だけど、俺はそんな糞にも劣る上に儚く流れて消える客観的な真実を告げたい訳じゃないんだ。


 抉り出したいのはもっと奥の扉の奥、生身の部分。


「そうだな。恐らく――『君のことは君自身が決めるべきだ。僕は何にも強制しない。君が決めることが彩夏きみの全部だ』的な感じだと思う」

「おお! マジかっ、おい凄いな! お前ぇぁっ! 何で分かんの? ひょっとして見てた?」

「俺が見たのはアラタの人間性だよ」

「お、おう…?」


 前提や理解を超えた俺の物言いに対して、素直に首を傾げて、疑問符を全面に押し出す彼。


 飾らなくて偽らない存在が体を顕して、名が存在を証明する――抜身の日本刀の様な自然体フラットな姿や直情的ストレートな生き方が眩しくて、堪らなく羨ましくて。


 その太陽ヒカリは自分には絶対に掌には収まらないと知りながらも、それでも手の届かない遠くに行って欲しくなくて。


 でも、弱さ故に距離を置くこと無く目が潰れる程に凝視して、その挙げ句膨らんだ光量に押し潰されそうになる。


 その幼稚かつ不遜で傲慢な思考形態を支える圧倒的な才能と能力が、マジで…心の底から妬ましくて、羨ましくて。本当に欲しくてさ…!


 今も、そういうグチャグチャドロドロした気持ちの枠組み自体に大きな変化は無いけれど、みっともなく懺悔して、情けなくも吐露した結果の今現在は、そんなに悪い気分じゃない。


 だが、それをそのまま外面に出現させる事など俺には出来無い。

 それこそが才能云々よりも、もっと根源的な部分で隔絶した人間性の差異だとは理解しつつも、それでも尚最適な行動を選べない。選ばない。選びたくないんだ。


 それは正に真の意味での降伏宣言に他ならない気がしてならないから。

 それ故に…俺自身の些細な尊厳の為に欺き、偽って、矛先を逸らす。


「ま、深い所から突き動かされる様なインスピレーションに従って来たわけだ」

「なっ、おま…」

「長きに渡ったくだらねぇ話もここでオシマイ。明日はプレゼントを買いに行くんだろ? 良い子は早めに寝ないとな」


 エクストラな番外篇はここで終わり。

 そういった想いを言外に込めて、煙草に火を点ける。潰れたラークの箱に残るのは後二本。何処かのコンビニで補充しなければ。

 意図も予想も無いボーナストラックの残滓ざんしを引き摺るクソみたいな心残りが唇と共にフィルターに一瞬張り付く。


 しかし、こればかりは俺の思い通りに行かない。

 死ぬほど比較した彼にまつわる全てについて――俺の有する感情が正しく機能して――俺の策する理知が正しく及んだ事など、本当に数えるくらいしかない。


 或いは俺が徳の高い天使で、ここが尊い天国ならばもっと救いに似た何かがあったのも知れないが、俺が人間で汚い現実に根を張る限り…そんな都合の良い救いは望み薄だろう。


 しかし、どうやらセンシティブかつエゴイスティックな物思いは対面の相手には届かなかったらしい。相変わらず妙に鈍感な奴で…全く持って支えがいがあるってもんだ。


「その漫画…初めに貸したのはこの僕だぜ? なに訳知り顔のドヤ顔で引用してんだよ」


 どうやら才ある親友は先程の引用が気に食わないらしい。

 噛み付くポイントはもっと他にあった気がするのだが、彼的には些事なのかも知れないな。そういう思考が、そういった観点が既に凡才たる俺の範疇を超えている。


 あ…駄目だ。これはだめだ。

 反射的に頭で気がついた瞬間は既に致命的なまでに手遅れだ。

 こんな、何でも無い――些細にも程がある事象にすら劣等感を感じていては、この先とてもやっていけはしないだろう。


 決して街並みを眩く照らす事は無い、歪んだ夢灯籠が急速に滲みそうになる心を理性と虚勢で塗り潰す。


「そう固いことを言うなよ。過去の名作を我が物顔でひけらかすくらい、許されていいだろ?」

「だから! その知識に至る源泉への道筋を教えたのは僕じゃねぇかって…」

「その論説はお前にとって多分不利な結末に繋がるけど、それでも続けるか?」

「マジか? じゃあ…まあ、やめとくか。今のはナシで!」


 アラタはそう言ってあっさりと掌をひるがえし、いっときの感情で抜いた刃を簡単に鞘へと収める。恥も外部も関係無く、過去の自分すらも飛び越えて。この瞬間の思い付きやフィーリングだけで己の行動を簡潔に採択する。


 そんな奔放で、自分以外の何者にも縛られていない姿勢スタイルと、それが許容される才能センス個性キャラが――やっぱり、どうしようもなく羨ましくて、堪らなく妬ましい。


 けれど、それでも入れ替われないし生まれ変わないから、決して俺はこの立ち位置から動けない。どうやっても、何があっても、絶対に。


「なぁっ、アラタ…いや、あー…まあ、いいや」


 不随意的に口から飛び出しそうになる言葉を理性を帯びた本能で制する。

 アラタが言うように、その言葉から推察するに――きっと我が幼馴染は新山家が抱える何しかしらの問題について。

 外様の部外者ながらも狂言回しの様な役割を担って、停滞してどん詰まりにあったストーリーを前に進めたのだろう。


 そして、それは罵り様も無い程に俺も同様で。

 恐らく俺は昔から隣りにいるアラタという――俺よりもずっと特別な人間がその感覚故に巻き起こすストーリーの進捗に関わる微少な狂言回しであった訳だ。笑える位に笑えない。


 そういうペシミスティックで宿命染みた役割や絶対性を帯びた隷属なんかに反発ばかりをしていた思春期タイミングは残念ながらとうの昔に通り過ぎた。使い勝手の良い潤滑油として立ち回りながら自分の野望を同時に果たそうと努めてきた。


 だから、


「妥協してたらそれなりのもんしか手に入らないし、駆け抜けようぜ相棒?」

「懲りねぇなぁ悠一ユーイチ。漫画を好きすぎんだろ」

「はは、まあなあ…」


 懲りないよ俺は。

 少なくとも、思い描いた夢の舞台に立つまで。


 死ぬほど焦がれて、死んでも大嫌いなお前の才能タレントの背に乗って、求めるまで辿り着いてやる。


 きっとその瞬間まで。俺は懲りない。

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