#109 Soon Enough(もうすぐ)
取り敢えず、一見して動揺を見せる恋人を避難させる為。
諸々を抱えている女性をこの場から離して会計に行かせてから――僕は改めて遭遇した青年に事態と事実について釈明する。
旧知かつ竹馬の関係みたいに馴れ馴れしく肩を組んで、上から目線で説き伏せる。
こういうスタンスやノリは、実際僕個人的には相容れない姿勢ではあるけれど、この際仕方無い。目的たる大事に伴う些事に関しては…捨てて、投げ捨てる気概を見せたいし、保持していたいね。マジで。
「別に、スキャンダルとかでは無いだろ? 彼女とは真剣にお付き合いしてるし、僕はアイドルや芸能人じゃない──そりゃあ、ただの一般人とは違うかも知れないけれど──ニュースの一面を飾るスキャンダラスとは程遠い人間だ」
地元で歩いていれば声を掛けられる事も無くはないが、あくまで狭いコミュニティでの話だ。
基本的に小さなステージの外側ではただの人間なんだと説明した。
その間彼は呆然とした表情であったが、一応は伝わったらしく、こくりと頷いた。
「そっすね。別に誰と付き合ったって関係無いっすよね…すんませんでしたアラタくん」
そう言って素直に頭を下げる彼に激しいデジャヴ。
ともかく、熱し易く暴走しやすいが基本的に善良な青年である。流石は僕達のファンである。調教や思想が行き届いた素晴らしいバンドであるとさえ言える。
頭を上げてくれと彼に促してから、僕は素直な気持ちを言葉にする。
「僕はいいんだ。別に。さっきはああ言ったけど、そういう立場なのも理解してる。でも、彼女はその…本当に一般女性なんだ。余計な波風は立てたくない…分かるだろ?」
「ハイ…」
身体を小さくして耳を傾ける青年。
何だか無性に老害のムーヴが漂う説教臭くなってきたのでそろそろ締めに入る。
「勿論、今回は僕にも過失があることだし。これ以上は言わないけど、代わりに約束して欲しい…」
僕と彼女の件は吹聴しないでくれ。
「本当にそれだけ約束して貰えばいいから」
「はいっ! 絶対に口外しません! っと後、俺的にはカノジョさんにも直接…」
マジで好青年だな。僕はそこまで気が回っていなかった。
だけど気持ちだけ受け取っておく。そっちの方が新山彩夏にとってより善いものだと思ったから。
「いいよ。気にしないで。僕の方から伝えとく。それじゃあ…」
会計を終えた彼女が両手に大荷物を抱えているのが目に入り、強引に会話を切り上げる。彼には悪いが僕にとっての優先順位で判断させてもらう。
「はい。本当…すみませんでしたっ!」
男気は買うが、微妙に僕の言葉を取り違えており、やや立場や感情を理解してない感じだ。苦笑いと共に店を後にする。
「ごめん、彩夏。まさかこんなことになるとは…」
ちょっとした騒ぎを起こしてしまった。僕に責任の全てがあるとは思わないが、それでも謝罪しかない。
彼女は今後この店に行き辛くなってしまっただろうから…。
「ううん…しばらくはちょっとアレだけど、アラタくんのせいじゃないし。それに…」
「それに?」
ちょっとドキドキした。
「どういうこと?」
ハラハラじゃなくて?
彼女の真意が汲み取れずに聞き返したが、それについて彼女は沈黙を守って口を開かなかった。女心は度し難い。
「ほら、もうすぐ着くよ」
「え、ああ…」
上手く躱される形で彼女の言葉に同意する。確かに彼女の家付近の景色が見えてきた。
昨夜ぶりに彼女の部屋に入る訳だが、それでも緊張に少し身体が強張る感じがある。ここ数日毎日の様に訪れているのに未だ慣れぬ女性の部屋。
荷物を一旦僕が請け負い、家主が操作盤にパスワードを打ち込む事でオートロックが解除された。
何はともあれ、ドキドキの家デートが幕を開ける。
胸ポケットに秘めた個別包装の器具の出番があるかどうかは彼女次第だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます