#101 TREASURE FACTORY(宝物工場)

「…てな感じでですね、佐奈サナさんが見た黒髪の乙女というのは――僕が前からちょっといいなと思ってた女性で、貴方との関係を少々誤解したんですよ。そんでもってそれを解いて、改めて僕の方から告白致しまして…まあお付き合いさせて頂くって感じです、はい」


 恋人になるまでの経緯をまるっと省いた説明であるが、大きな部分でウソは吐いていない。

 僕達の事情と行動と――その他の諸々あれこれをざっくり概略だけ、上澄みの様に掠め取れば大体こんな感じだ。味気無いにも程があるけれどね。


「マジか~。俄然欲しかったなあ…アラタ君の貴重な”はじめて”がさぁ…。ああ、何としても貰っときたかったな~」


 薄手のボヘミアングラスを見つめてそんな物騒な発言を譫言の様に繰り返す年上美人。

 厳密に言えば僕の貞操は未だ失われてはいないのだが、隣に座る彼女に譲渡するつもりは更々無いので曖昧な笑みで誤魔化しを更に積んで場を流す。


「でもさあ…」

「はい?」


 えらく真面目な顔でこちらを見つめる佐奈さんは首を傾げて僕に現実を突きつける。


「アラタ君達…君を含めた『ハンズ』の面々はもうすぐ上京しちゃうんでしょ? 彼女はどうするの? 連れていくの?」

「えっ…?」


 そうだ。それを失念していた。告白する直前までは覚えていたのに、彼女が告白それを受け入れてくれたのがあんまりにも嬉しくてすっかり忘れていた。

 そうだよマジでどうすんだよ。ええ~、そうだ一週間後には東京じゃん! 折角ここまで関係を進めたのにどうすんだよマジで。うわあ……。


 抱えた頭をテーブルに擦り付けながら必死に思案したが、その甲斐虚しく妙案など簡単には出てこない。


 愚かな僕を見かねた女神は優しい声で僕に語りかける。

 

「そっかあ、付き合って数日の女を放置して上京とは…なかなか亭主関白の素質をお持ちの様だけど――だと良い女はすぐに離れていってちゃうよ?」


 可愛らしい声色とは乖離して、内容は僕にとってそんなに優しいものでは無かったが、大変興味深い話だ。恋愛初心者として是非詳しく聞きたいものだ。


本当マジですか? どうすれば良いのか是非ご教授お願いします」


 少し身を乗り出して続きを催促。

 彼女は数秒思案した後に講義めいた語りを静かに始めた。


「実際、女を繋ぎ止めるにはある種のドキドキが大事なのね。一緒にいて、いつまでもをくれるっていうのが必要なの」

「ふむふむ、勉強になります。それで? 具体的には?」


 なるほど。俗に言う吊橋効果とかそういう奴なんだろうか?

 しかし、何処かで『特別な状況で結ばれた男女は長続きしない』と聞いたことがあるがその辺りはどうなんだろう…。


 疑念は尽きないが質問は最後に纏めてするとして、今はモテの中心にいそうな年上の言葉を胸に刻み込む。


「まあサプライズは定番。そんなに凝ったものじゃなくて、ちょっとしたコト。あとは定期的に非日常感とかを提供するのもいいかもね。普段とは少し違う場所とかシチュエーション。通常いつもよりも少し高いレストランとかで特別感を演出することね」


 サプライズ……。やべぇ欠片も意味が把握出来ない。

 え? っていうか何? 女子って驚かされるのがそんなに好きなの? マジで?

 僕的には予想外の事態とか予想だにしない展開とかって基本的に御免だけどなぁ…。  


「あとは俗物的なものもやっぱり大事。ネックレスとかリングとかピアスとかで物理的に首輪をして、精神的に自分のものだと印象付けるの。あ、半端なものはダメね。やっぱりその役を担うのは歴史と信頼あるブランドじゃないと」

「へぇ…ブランドって高いだけだと思っていました」


 無駄に高価格なのは宣伝広告費が八割だと思ってた。本当に良いものはもっと他にあると思っていた。


「それらのチョイスは、やっぱり好みがあるから一概には言えないけど、イタリア発祥の格式あるところか、フランスの王族御用達のブランド。あとはアメリカの…」

「あーヘップバーンが出てた映画の奴ですね…」


 話題に出たそれは白黒映画の名作だ。

 映画においても確か、登場人物の女性は高貴なブランドに夢中だったし、鬼編集長が出て来る悪魔的な映画の女性もブランド物とコーヒーのテイクアウトで自らを着飾っていた。

 成る程、五十年前から現代の女性に共通する欲求がブランド信仰なのかもしれない。


 だとすれば愛しい恋人の中にもある程度はそういった因子が含まれている可能性が高いと推察される。


「よっしゃ、ちょっと買い物行ってきます。すみません色々とありがとうございます。失礼します」


 得た知識を役立てようと僕は飲み屋を後にした。

 そしてその十数分後に着いたイタリアの高級店舗は既に閉店していた。


 日を改めることにした。


 そもそも好みも全く把握していないのに贈り物など不可能だ。

 雪に打たれながら僕はそんなことを考えて、ようやく帰路に戻る。


 長い一日だったが、手に入れたものは大きく尊い…はずだよな?

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