#44 Love You Like Water(流れる愛情)

 厚顔無恥な僕が訳知り顔で引用しながら歌う、世界的なヒットソングであるは―言ってしまえば、一年も前に散った儚き恋を引き摺る男による惨めな愛の歌。


 語り部たる男のその有様はとてつもなく無様であるし、惑った故に引き摺るのは果てしなく情けない感傷だ。

 大体のそもそも問題で言うならば、類する相手の女も大概どうしようもないし――何なら最初ハナから引っ掛かる彼の方も拗らせ過ぎて、結構どうかしているっていうのが…客観的に見た率直な感想だ。

 

 きっと恐らくは、この曲を聞いた誰しもがそう思うことは殆ど間違い無いし、それに近い感想を抱くことはトゲ無くナン無く理解出来ることだけど――現状の僕はどうしても普遍的な『それ』を納得出来ない。絶対に受け入れてやらない。


 だって、彼のその想いは絶対的に尊く尊重されるべきものだから。

 敢え無く散った彼の供物は喩えようの無い程に掛け替えの無い美しいものであるから。


 その事実に気付いて尚痛ましい『彼』のことを嘲笑し批判することの出来る奴なんて最早人ではないとさえ言える。

 その切ない精神の機微を機械的に排除して捨て置ける奴なんて恐らく人間以下の感覚しか持ち合わせていない単細胞生物だ。相手にする価値も無い人間未満の下等生物だ。


 なんて…こんな過激な個人的同調を重ねるのは、やはり現状置かれた状況と重なる点や思う観点があるからなのだが――それでもやっぱり誰かの策謀めいた思惑をどうしようもなく感じる僕は死にたい程に人間で。


 だからこそ、しょうもない独善的な思いの丈を歌にぶつけたんだろう?

 だからこうして僕は彼に似た『彼女』への切なき感情オモイを他人の言葉で歌ってるんだ。


「ふうっ…お耳汚し、失礼しました」


 結構どうでも良い高尚かつ下賤な物思いは曲の終わりとともに強制終了。案外綺麗にスイッチが切り換えられるものだと素直に自分を褒めることにしよう。意外とデジタルな男なのかも知れないと再確認。


 その上で引き換えに得られたのは美女姉妹による拍手と賛辞。コスパとしてはそれなりに悪くない。


「ホント凄いですっ! 感動しました! うん。私は大変感動してますよ!」


 腕を上下に振りながら、「これを新曲としてリリースしましょうよ」と何処か適当な言葉で喝采をやいのやいの告げてくれた妹と。


「凄く、切ない気分になりました」


 これまたふわっとした感想の姉。


 流石に気持ちを入れ過ぎたか? もっとフラットな感じでカジュアルに淡々と歌い上げるべきだったか?

 どうにも選択肢が多過ぎて正解がいまいちモンティホール的な確率論に収束しないな。大体、選ばない方が正解で確率が上がるなんて心情的に理解出来無い。理解を超えている。


 自身の絶望的な経験不足と論理の欠如を人知れず嘆く僕を他所に、コーラスを担当した真司シンジが汗を拭いながらの提案。


「うろ覚えでも結構イケるもんだな。今度はパンクバージョンでやって…なんなら録ってみるか?」

「ソレいいね。こんな感じ?」


 彼の提案に調子を合わせてギターのリフを開始。BPMを1.5倍位にして適当に早回しで歌う。個人的にこういう遊びは結構好きだよ。


「発想は面白いが駄目だろ。原曲の良さが消えてるよ。それよりアラタ――、」

「ん?」


 僕と真司の両方のセンスをさらりと否定したバンドリーダーは首を一回ボキりと回して静かに問う。


「そんでどうなった?」


 そう! それだよ! 流石は幼馴染。難しく痒いところに手が届くその気遣いと心配り…実にナイスだね!


 遊んでいる場合では無いことを思い出した僕ではあるが、待ち望んでいた状況に尻込みしてしまう自分もいる訳で。


「いや~なかなか簡単には行かないよ」


 などというチキンな発言をしてしまう羽目に陥ったりなんかして。

 挙句先回りした潤に『本当は出来てたりして』と核心を突く質問をされちゃったりなんかして。


 結果、


「実は昼間にちゃちゃっと適当にデモ的なスケッチっぽい鼻歌みたいな未完のものが出来たような違うような――」


 どの方向を見てもどっちつかずの曖昧模糊的なあっちこっちにとっ散らかった発言をうっかり零してしまった。

 その果てに結局…僕にとって望んではいるけれど望んでいない状況にこの素晴らしき事態は着地することになった。つまり――だ。


 口々に飛んで来る催促の言葉を一身に受け止め、受け流しながら僕は新たなパイプ椅子を設置して渋々腰を掛ける。

 嫌々ながら感を全面に押し出しつつ、スタンドのマイクの高さを座高の位置に調整し、膝に抱えた楽器から無意識の開放弦。


「んじゃあ…歌メロだけで、マジで未完もいいとこだし。つーか全体のブラッシュアップどころか歌詞すらも完全じゃないし、諸々完璧じゃないけどその……」

「良いからさっさとやれよ」


 見苦しい言い訳に勤しむ僕の言葉を無慈悲な見知った風が敢え無く掻き消す。

 どうでもいいけど、人にものを頼む態度じゃねぇよなぁ…。本当にマジで心の底からどうでもいいけど。


 こほんと一つ咳払いをし、俯向いた僕は『彼女』を刹那の一瞥。

 今度は僕の言葉で気持ちを歌に載せて、手を伸ばす。届くのか? やるしかないよな!


「タイトルはあるの?」


 首を傾げた潤の疑問に答えるために僕は顔を上げる。


「これは、【Resonance】」


 ミニマリストに対する童貞の返答は、想像よりも滑らかに口から出た。

 後日指摘されたのだが…この時の僕は、僕に宿った表情は――。


 鏡に映る見慣れた表情を追い越して、慣れ親しんだテレキャスターの発した渇いた叫びに、僕の掠れた声がウェーヴィに重なった。

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