2.9th day : 1212-1213 "Minutes To Midnight"

#35 Hello, my love(愛にこんにちは)

 唐突だけど、自転車って道具についてどう思う?

 うーん、最近乗ってない? むしろ最近乗り出した?

 フレーズから受ける印象はポジティブに感じる? 逆にネガティブに思う?

 現代社会で星の数程にある移動手段の中でそれは便利なのか? それとも不便なのかな?

 

 って、まあそんなの実際どうでもいいんだけどね。仮にどう思おうが貴方の自由だ。


 しかしながら、僕は個人的に自転車というのは人類史上最高の発明の一つであると思う。

 え?『火薬、羅針盤、活版印刷?』古いよ。そんなの、文字通り過去の遺物さ。

 現代版に当て嵌めるなら、三大発明は『自転車、電球、インターネット』だよ。常識だろ? デジタルネイティブ世代には当たり前だよ。


 世代云々の格差はどうしたって何にしたって、ともあれ自転車は素晴らしい。

 自分の人力だけで稼働させ駆動させるにも関わらず、同じく人力である徒歩よりもずっと高速で尚且つ効率良く幅広い行軍が可能になる。

 ネックなのは乗員の制限位で、趣味に走らない限り、これよりコスパに優れた素晴らしい乗り物は無いと断言出来る。


 以上、普段の移動は車とバイクをメインにする宮元アラタによる浅くてくだらない近代文化史でした。

 

 何故、僕が浅薄で独善的で意味不明な妄言を垂れ流しているのかと言えば、久しぶりに自転車を漕いでいるからと言う他ない。

 いやぁ、すっげぇ楽しいわチャリ。前にはカゴも付いてるし、荷台には人だって載せられる。具体的な仕組みは知らないがライトも暗くなったら勝手に点灯する程度には画期的な乗り物だ!


 夕方、アテナでの作業を終えた僕はバンをホームである田中家のガレージに収納し、帰宅。

 その後は日課のトレーニングを終えて、シャワーや晩飯をダラダラ済ませてチャリに跨った訳だ。


 本当は扱い慣れたバイクで行ければ手っ取り早いんだけど、今後の展開如何ではひょっとすればアルコールを摂取するかも知れないし、事前に安全策を取った形になる。飲んだら乗るなの精神は、コンプライアンスだかが必要以上に幅を利かせる現代社会において、炎上を避けながら生きるには非常に大事な制約なのだ。


 え? なになに?


 『自転車でも飲酒運転は適応される』って?


 あははは、大丈夫大丈夫。一見して泥酔してなきゃ案外他人にはバレないって。マジで!


 それに僕は元々他人が勝手に定めたルールを遵守する方じゃないから、どっちにしたって詮無き話だよ。何なら掌なんかは返しすぎて、どっちが表でどっちが裏なのか判断出来無いし、判別出来無い位だ。裏の表は裏で表なんだよなぁコレが。


 などと意味不明で無意味な供述を重ねている内に勝手知ったる田中家の玄関に到着。いや~いい暇つぶしだった。


 我が家とは明らかに異なる豪奢な玄関前――武家屋敷っぽい門の側で突っ立っている無駄に外見の整った幼馴染に声をかける。


「うい。お待たせ」

「何でママチャリ? おいおい、てっきりバイクで来るもんだと思ってたのに…」


 短い煙草を携帯灰皿に突っ込む悠一に飲酒運転の危険性について懸命に説いたが、僕の持つ拙ない会話術では口惜しくも上手く伝わらなかったらしい。


「いや厳密にはチャリでも車輌だし、駄目だろそれ…」


 などと社会通念上極めて常識的なお叱りの言葉を頂いてしまった。世知辛いぜ、とほほ。


「まあ、別にいいんだけどさっ!」

「あ、お前後ろで煙草吸うなよ?」


 適当な調子で荷台に腰を下ろした悠一に一つ警告。嘘だろと小さな悲鳴が聴こえたが、構わず続ける。


「ライダースに穴若しくはソレに類する焦げなどが発見されたらお前の仕業と判断して請求するからな」

「…しゃーねえか。余計な出費はゴメンだ」


 約束を取り付け、重たいペダルを漕ぎ始める。

 目的地である飲食店『カンナバーロ』までは15分位かな? 運動不足の身体には持ってこいの良いトレーニングだ。


「にしてもアラタ…」

「ん? 何だよ」


 全身で受け止める寒さを追い越す為、それなりに必死こいて。

 懸命にペダルを回転させてケイデンスをあげ続けている僕に投げかけられた一つの言葉。なんなの今結構忙しいんだけど?


「仮にもロックスター見習いなんだからママチャリはねぇだろ? 別に成金めいたスポーツタイプの外車に乗れとは言わねぇけど、もう少しあるだろ。何かこう別の選択肢がよ」


 何の話かと思えばそんなことかよ、くだらない。

 僕はそもそもロックスター見習いじゃないし、大前提として別に乗り物の種類で人は判断出来ないだろ。

 アイドルが操船して、ハリウッドスターがランドセルを背負って電車に乗る時代だぜ? 個々人の趣味趣向を優先するべきなんだ。


 そして、何より―――、


「ロックスターこそチャリに乗るべきなんだ。確かにママチャリはアレかも知れないが、チャリで移動するのが日本における真のロックなんだよ」

「はぁ?」


 後ろから発せられた怪訝な声に負けず、僕は鼻歌を口ずさむ。日本のロックスターはチャリを愛すもんだと証明する為に。

 あらゆる知識が豊富で、聡明で回転の速い脳味噌を持つ彼ならば、すぐにその意図するエピソードに思い当たるだろうと。


 人気の疎らな夜道に小さな鼻歌が流れて、景色に溶けて数秒。僕の求める解答に辿り着いたのか苦笑いが響いた。


「ああ…。これは俺の負けで間違い無い、まあまあアラタに理があるよ」

「だろ?」

「けどまあ…、」


 一瞬視界の端で捉えた色男は夜空を見上げて茶化す言葉を滑らかに繋ぐ。


「雨上がりでもなんでもない、こんな夜に俺に乗るのは勘弁してくれよ? 俺にそっちの気は無い」

「せいぜい発射できるようジンライムの月に祈ってろ」


 適当な冗談を飛ばして白い吐息を置き去りにする為、僕は脚に力を込める。

 目指す場所はもうすぐそこだから。きっと辿り着けるから。

 

 僕は祈る様に頼り無く、寒空の中をひたむきに進む。

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