アイの道標

明神響希

第1話 見返りの夜

 フラフラ、漂う。


 首輪に見立てた赤いチョーカー。大学からも住んでる場所からも離れたネオン煌めく街の中、僕はまた歩いていた。身長が目立つのは自負している。いつもなら恐怖さえ抱くそれを今日は無視して、暗い路地、暗い路地を進んで行く。

 .....なんでも良いから体温が欲しかった。抱くのでも抱かれるのでもどっちでも良い。ただ、誰かの温度を欲していたのだ。愛しい存在を認識出来ない日々が続き渇ききった心が。


「お兄さん」

 歩みを止めたのは、その声が原因だった。男性の声であることは間違いない。女性的な響きが、語尾に音符が付いてるように冷たい夜の空気を震わせた。誘われるように振り向けば、驚きに目を剥いた。

 身長は175cmくらいだろうか。女のような長い髪。夜の闇と同化してしまいそうなその色は僕が敬愛してやまない彼と同じ色。挑発するように見上げる茶色の目は媚びるように甘く、つりあがった口角は今にも弛みそうだった。彼が身に付けている服は薄くぺらぺらしていて、寒いだろうと安易に想像できる。それだけなら良いのだ。ただ僕の目は確かに"異常"を認めてしまっている。露出しきってはいないが袖口から垂れ下がった赤いリボンが見えた。手首に巻いてるわけじゃない。

「...コルセットピアス」

 趣味の悪い知人が付けていた。その着けてる男を抱いたこともある。これでコルセットピアスを着けた人間にあったのは3人目。

「知ってるんだ。なら、話が早いね」

 小さな呟きは彼の耳に届いたらしい。意気揚々と、という表現は可笑しいだろうか。さらに距離を縮め、腕に絡まれる。薄い胸筋が腕に押し付けられて、彼は只でさえ薄い自分の上着を指で引き身体を僕へ見せた。たっぷりとその行為をすれば、彼は背伸びをした。

「遊びましょう、お兄さん。気持ち良くしてあげるから、一杯お金頂戴」

 耳に掛かる熱い息が擽ったい。甘い熱に一気に魘される。

「お金......?」

手持ちはいくらだったか。財布を取り出して確認しようとすれば、彼はその財布を奪う。お札が入るところから3枚抜き取り、それで扇を作ると口に当てて微笑みを隠した。

「3000円で良いよ。どう?」

断らない理由がなかった。

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アイの道標 明神響希 @myouzinsansan

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