***桃カレ★Scramble!〈1〉***

憧れの高校生活! 始まる?……あれ?

第2話 あたしをカレにしてください?! え?!

*1*

「あたしを、蓼丸諒介(たでまるりょうすけ)のか……」


 つっかかった、やり直し。


「あたしを彼女にしてくださいっ!」


 お名前抜けた! やり直し!


「あたしを、蓼丸諒介のカノジョにしてくださいっ! よしっ! 合格!」


 部屋に声が反響した。よし、寝よう! 憧れの生徒会長だった蓼丸に逢いたいがため苦手な早起きもなんのそのだ。


 明日は入学式。


 中学から羽ばたいた、とっておきの自分を魅せるんだからねっ!。


***


 篠笹高校までの地図は分かりにくいが、何とか辿り着いた。校門が凄く大きい。煉瓦造りの校門や、英国風味の庭園が売りの、お洒落な進学校には、太陽の光が燦々と注がれて新入生を待っていた。


 どこかそわそわと落ち着かない集団を前に、萌美は服装チェックに余念がない。出かけにママにチェックを受けたが、ママのチェックは合格。くるくると見ていると、バスッと何かに頭を叩かれた。


「よ」


 ――サル! 


萌美はささっと前髪を押さえて数歩離れて見せた。カレは涼風真成(すずかぜまこと)、腐れ縁の幼なじみの友達である。


「ちょっとやめてよ! マコ! 髪の毛、汚れちゃうでしょー!」

「新品の鞄だって! な、おまえ、何組?」


 ……嫌なヤツに逢った。これから告白しに向かうのに。


 苦虫を噛み千切って散らかしている萌美はともかく、涼風は「クラス、クラス」と張り出しを夢中でチェックしている。


「おー、あった! 桃原萌美(ももはらめぐみ)、涼風真成! おいおい、同じクラスか」

「えー、やだーっ!」

「やだぁ? おいおい、そりゃねーだろ。な、席も近いかなっ。はは、うんざりしちゃうよなぁ」


(こっちの台詞だ。頭の悪いサルは置いて行こう)と早足で離れて、買って貰ったばかりの腕時計を見やると、こんな些末な事情に13分も使っていた。


(時間なくなっちゃう! マコのばかっ)


 蓼丸諒介は、隣町の中学校の生徒会長だった。別の中学の二年の萌美にも蓼丸の噂は届いていて。ライバルは多い。何しろ「蓼丸諒介ツアー」(見るだけの覗きツアー)なんぞも組まれたくらいの相手だ。いち早く告白しないと、絶対に負ける。


 だからこその早起きしたのに! 涼風のせいで大幅にロスした……!


「ええと、本館、本館。うえええん、遠い~~~~~~っ」


 靴紐を結んで、鞄を抱え直して、「どいて~っ」と校庭を横切った。運が良いことに放送が流れ始めた。


『全生徒会役員は、本館前に集合してください』


(本館!今、行けば、逢える! このだだッ広い校庭をやり過ごせば、本館までは直ぐだ)


 ああ、神さま。何でも良いから、蓼丸を足止めお願いしますっ!


 本館は生徒の校舎とまるで違う造りだった。優雅と謂うのだろうか。先生たちの館になるらしく、生徒会本部も同じ3Fにフロアごと設置してあるらしい。生徒自主性を重んじる篠笹高校の生徒会は、規模が大きい。


 放送の通り、数名が看板を持って本館前に集合していた。


(いた――っ!)


「あら、迷子の子猫ちゃん」と先輩らしき女性がまず振り返って、萌美を見つけた。「おやおや」と中背の先輩も振り返り、最後にゆっくりと動いたアーモンドの髪がふわっと揺れた。カレこそが蓼丸諒介、高校二年生。


(難関の篠笹に入学したのも、絶対に告白すると決めていたからよ。それも好きです、とか付き合ってください、なんて生ぬるい。一発で通じて、危険なくらいの口説きのほうが、男は靡く……とは大好きな洋画の受け売りで)


 ――さあ、特訓したんだし、大丈夫。視線が合ったら、言うんだ、あたし!


「どうした? 新入生?」


 ふっと顔を向けられて優しい声音に泣きそうになった。蓼丸は何故か眼帯を愛用しているのだが、高校でも変わっていない。その眼帯は海賊のようなとてもお洒落なデザインで。散りばめられたスワロフスキーが微かに揺れて輝く様は、太陽に良く似合っている。


 蓼丸自身は色白だが、割とガタイはいいし、手足が長い。日本人離れている理由は、スウェーデンのクォーターだからだとか。


「あ」


 全速力で爆走したせいで、喉がカラカラだ、でも、間に合った……! 萌美は勢いよく頭を下げた。


「あたしを、蓼丸諒介のカレにしてくださいっ」


(よし、言った! これでどうだ!)と勝利を確信して、いくら牛乳飲んでも伸びない背丈をぐぐっと伸ばす。ジャッジ待ち。目の前の蓼丸の唇が動いた。名札を確認して、首を捻って見せた。


 名前は、桃原萌美。読み方は、ももはらめぐみ。


(あー、多分名前のところでつっかかってるんだ。ママとパパ、読める名前つけてよ――っ!)


「ももはらめぐみ、です。蓼丸(たでまる)先輩」

「桃原さん? うん、もう一度繰り返して、言った言葉を考えてごらん」


(もう一度? 言った言葉?)


 脳裏を巻き戻し。気付いてすぐに絶句した。


「あたしを。蓼丸諒介の。カレにして……

ん? カレ? カレって言った? ねえ、あたし、カレって言った?!」


 耐えきれず、小さく笑い声を洩らした蓼丸の前をひんやりした春風が足元を吹き抜けて。


「言ったわねぇ……ね、織田」

「ああ、言ったね。さて、我々はさきに行くとしよう」

「そうね、蓼丸、講堂前のほうの看板設置、宜しくね」


 蓼丸はクールにお仲間に手を振った。


(顔面から血の気が引く感覚って、本当にあるんだ……)


 頬の下が冷たくなって、一気に熱が昇ってくる。


 ――間違えた。思いっきり間違えてる――……っ。


(あんなに、あんなに練習したのに! カレって! カレって言った! カノジョでしょ。そこは!)


 いくら国語が苦手だからって、これはない!

 萌美は情けなさ一杯で、背中を向けた。


(さあ、帰ろう。……しょんぼりと。……お笑いの失格者みたいにさ。アハハハ……)


「桃原!」呼び止められて、泣きそうになる。すいません、生徒会で忙しいところに、チビなお馬鹿が飛び込んで邪魔をしました。


「いいよ、桃原のカレになっても」


(……せっかく、ここまで来たのに。何のために夜更かしまでして告白の練習……はい?)


 信じられない気持ちで、ぐるんと振り返って、蓼丸のネクタイをぐいっと掴んだ。


「蓼丸先輩、いま、いいよって言った?」


 蓼丸はまだ笑いを堪えているらしく、拳にした手で口元を押さえて見せた。


「いいよ。桃原萌美のカレになっても、と。……今度は聞こえたか?」


 ぶんぶん、と首を縦に振って、真っ赤な顔の熱を辺り構わず散らかした。


(蓼丸の優しい頷きを確認するなり、腰が抜けた。ぺた、とついた両手に、影。蓼丸諒介のカタチの影はゆっくり動いて、あたしの前にしゃがみ込んだ。力尽きたようにしゃがんだあたしに、蓼丸は同じようにしゃがみ込んで、目線を合わせて来た)


 と言っても、眼帯している目線は片方だけ注がれる。


「顔が見えない。ちょっといい?」


(一つ一つをゆっくりと、刻み込むような優しい音を発しながら、蓼丸はあたしの額に手を伸ばした。降ろしたままの前髪をぐいっとやられて、滅多に剥き出さない額に桜風が触れた。――世界が一瞬傾いだ)


 実は萌美の額には、幼少の涼風とのやりとりの果てに出来た傷がある。


 大嫌いな額の傷を見られたのに、気にならない。


(もっと、見てよ。あたしが蓼丸見てたみたいに。ううん、それ以上に)


 萌美は蓼丸をじいいいいいいっと見詰めたままだ。

 心は名前通り、桃の色に染まって行った。ふと、蓼丸の頭の後ろで揺れている紐が視界に飛び込んだ。


 ――両眼、見たいな……きっと綺麗なんだろうし。


「そっちも、顔が見えない」


 眼帯を縛っている紐を引く。眼帯が廊下に落ちた。蓼丸は表情を変えず、萌美を見ていた。


(左右の色の違う瞳。桜を逆さに移した色はまるで違う。甘露雨のブラウンと、少しばかり青味の入ったオッドアイに、2人のあたしがちゃっかりと入り込んで不思議そうに見てる)


 つい、と蓼丸が手を伸ばしてきた。長い指がくいっと萌美の顎を持ち上げ始める。顔を傾けられて、思わず目をぎゅっと瞑って「うう」と唸ってしまった。頬に何かが触れた。


 小さな吐息の後、蓼丸は萌美の頭をぽんとやった。刹那、目を開けると、強い双眸の中に囚われている萌美はまるで姫のようにぽかんとこっちを見ている様子。


「おい、桃原のカレになる俺の顔、ちゃんと、見えた?」


 コクコクコクと秒刻みで頷くと、蓼丸は「そ」とまた眼帯をきっちりと縛って、ポケットから「生徒会」の腕章を取り出すと、左腕に嵌めた。


 後で、にっこり笑顔で「一年生は、入学式。講堂にお集まりください」とクールな口調に戻った。


「はい。講堂にいきます」

「うん、また後で逢いに行く。今日は忙しないけど、なんとか時間作るから」


 看板を抱えて、「じゃ」とスタスタ歩いて消えた。


(今、何、何があったの……? え? カレ? あたしは蓼丸に頬……?) 



 そう。今日は、なだらかな春の始まり。

 私立篠笹新入生。一年C組、桃原萌美のScrambleはこうして幕を開けるのだった――。

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