第157話 終戦協定

 聖王国との戦争が終わってから、一週間がたとうとしている。俺達が捕虜を持て余す前にカエサルが捕虜解放の話を聖王国とつけてくれて、すぐに捕虜は解放することになった。

 その後、それぞれの拠点に帰り、ローマで盛大な祝勝会が開かれ二日ほど飲み明かした……あの時はみんなはしゃぎすぎて終わった後の片づけが大変だったなあ……

 

 聖王国との終戦協定だが、カエサルに全て任せていて彼から終戦協定について決定事項の内容報告が今朝入った。

 

 カエサルは事前に準備してたんだろうけど聖王国との和平交渉はとんとん拍子に決まっていく。

 なんと交渉を開始して早々に条件を決定してすぐに和平協定を締結し、ローマへ通達するまで一週間ほどのスピード決着だったのだ。


 いくら飛竜を使い連絡のスピードをあげたとはいえ、既に決まっていたとしか思えない速度だ。

 カエサルの手がどこまで長いのか恐れ入るよ。


 聖王国は今回の騒動の中心をラヴェンナ……つまり俺たちローマだとカエサルによって思い込まされ、ローマと聖王国に干渉地を作る名目でジェベル辺境伯領を独立させることが決まった。

 魔の森北東にあるヴァルナの中流域から下流域にかけての聖王国領は共和国のカエサル率いるジルコンへと割譲する。ジャムカ達草原の民の勢力圏から兵を引き今後聖王国と草原の民不干渉も併せて決議された。


 この結果、魔の森と聖王国が接する地域はほぼ存在しなくなり、僅かに接する地域も山間部となった。

 これだけ聖王国側が譲歩してくれるなら今回の戦争がどれほど効果的だったか分かる。といってもカエサルがそのように持っていったんだが。

 これでローマの安全は確保された。聖王国という外敵は干渉地の向こう側になったし、堂々とジェベル辺境伯領と共和国との取引を行うことができるようになった。


 もう一つ、俺の個人的な願いもカエサルは叶えてくれたんだ。

 そう、英雄召喚儀式の取材だよ。エルラインとこっそりシルフを連れて行き、英雄召喚儀式の魔法陣を見てもらい解析する。


 これでエルラインが知りたがっていた英雄召喚の不備が分かるだろうし、不備が分かればシルフの解析も進む。

 俺は魔法陣自体には全く興味がわかないけど俺が地球に帰還できるかもしれないから他人事じゃあないんだ。


 帰還可能となれば、俺自身これからどうするか考えないとなあ。


 さて考えも纏まったことだし、お昼にしよう。今日はカチュアがお昼を作ってくれるから楽しみだなあ。


 リビングに行くと、エルラインがクスクスと何から嫌らしい笑い声をあげている。


 お昼ご飯を机の上に置いていっているカチュアも笑顔なんだけど……

 不穏な空気だな。これは!


 俺はカチュアの昼ご飯がとても名残惜しいがその場を立ち去ることを即決し、踵を返す。


「まあ待ちなよ。ピウス」


 音も立てずに背後に回ったエルラインが俺の肩を掴んで俺を椅子に座らせる。


「な、何かなー」


「まあ、僕たちがさっきまで何を話していたのかは別にもういいよ」


 エルラインが呆れたように肩を竦め両手を振る。

 そ、そうか。それならもういいか。


「じゃ、じゃあご飯を食べようか」


 俺は両手を合わせ、カチュアの作った昼ご飯にゴクリと喉を鳴らす。美味しそうだ。


「食べながらでいいから、英雄召喚の魔法陣について復習をしておこうか」


「え?」


 俺の顔が曇ったことを目ざとく気がついたエルラインはハァとため息をつく。


「いや、君に魔法陣の理論を説明することはしないから」


「そ、そうか」


 俺は誤魔化すように笑おうとするが乾いた声しか出ず、食べ物が喉に詰まった。

 急ぎ水を飲み干す俺には気にせずエルラインは続ける。


「英雄召喚の魔法陣には致命的な欠陥があるってことは覚えてるよね?」


「あ、ああ。うん」


 英雄召喚の一番不可解な点は、英雄の出現位置を指定出来ないことだ。

 英雄召喚の儀式にどれだけの労力が必要か分からないけど、地球から時空も時間も越えて生身の人間を呼び込む。それも死ぬまでの記憶を持った上で若い肉体で。


 どういう仕組みか分からないが、これだけの奇跡を起こすんだ。相当複雑な魔法陣に加えて、膨大な魔力が必要なはずだ。


 そこまでの労力をかけて呼び出した英雄が俺たちの様に聖王国と敵対する陣営に現れる可能性が高いとしたら、召喚しない方がましだよな。

 実際、俺たちは聖王国と戦争を行い彼らの勢力を削いだ。


「本当に分かってるのかなー?」


 やばいエルラインのこの表情は、すぐに俺がちゃんと考えてると伝えないととんでもない事になる!


「わ、分かってるって。不可解な点は二点。一つは英雄召喚の魔法陣が位置の指定を出来ないこと」


「もう一つは?」


「何故、聖王国……聖教かな? が英雄召喚の儀式を何度も行なったのかだ」


「うん。大きくはその二つだね。もう一つ強いて言うなら、魔の森に召喚された君たちを仕留めてしまおうと動いた人物がいるってことだね」


「そうだな。まあ、今となっては妨害して来た人物は脅威ではないかな」


 俺がブリタニアの魔の森に現れてから、魔物が襲って来たり、ミネルバ達龍に「声」を送って俺たちと戦わせようと画策して来た人物が聖王国にいるはずだと、以前エルラインと結論を出した。


 しかし、聖王国と和平を結び、安全を確保した今となってはそれほど脅威ではないだろう。

 突然モンスターが襲ってくるかも知れないけど、ジャムカとベリサリウスが嬉々として討伐に向かうだろうし。彼らにとってはむしろご褒美だよ。

 不本意だけど、俺の中にいるプロコピウス(本物)にとっても同じことだけどな……


「で、いつ英雄召喚の魔法陣を見に行けるのかな?」


「和平交渉が成ったし、先方の都合次第だけど遠距離会話出来ないからなあ」


「なるほど。じゃあ、それを食べたら路銀だけ準備してもらおうか」


 エルラインは腕を組み、顎で横柄に俺へ指示を出す。


 え? なんだか突然だな……ま、まさか。


「これから王都まで転移するのか?」


「うん」


 当然とばかりにエルラインは頷きを返す。うわあ。王都には転移出来るのかよ。てことはエルラインは王都に行ったことがあるって事だな。

 エルラインからじーっと見つめられて食べる食事は……とても急いだものとなってしまった。いや、急かされているわけじゃないんだけど、どうしても急いでしまう。

 彼は食べないからなあ。

 

 食べたらカチュアに後片付けを頼み、急いで自室に入りお金を懐に入れて、革のポーチに銀の板を放り込む。

 

「ちょっと! 乱暴ね。もう少し優しく扱いなさいよ!」


 誰も居ない時にしか出てこない緑の髪をしたトンボの羽を持つ妖精……シルフがプンスカ頬を膨らませて俺の肩へととまる。

 

「あー。シルフ。突然だが英雄召喚の魔法陣を見に行くことになった」


「ふんふん。しっかり見ておけばいいのね!」


「きっとエルラインが不備のある箇所を指摘すると思うんだよ。俺には全く分からないけどな……」


「まあ、もし魔法陣の解説を彼が始めるんだったら聞くけど、解説が無くても構わないわよ」


「おお!」


「ヒント無しだと有るより多少時間がかかるだけよ。さすが私!」


 自慢気に胸をそらす妖精は背伸びしているようで可愛らしいけど、見た目だけだからな……騙されてはいけない、こいつはどエス妖精だからな…… 


 リビングに戻るとエルラインが待ち構えていて、そのまま王都へと俺は拉致されて行くのだった……

 一言くらい何か言ってから移動してもいいと思うんだ。ちょっと扱いが雑過ぎないか?

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