第158話 召喚の魔法陣

 あっという間に来てしまった聖王国の王都。初めて来たのだけど、ここはどこなんだ……正面にロの字型の二階建ての洋館があり、建物の前にデーンと構える立派な門の前に俺は立っていた。

 この建物のサイズだと三百人以上は中に入るだろうな。遠目で見た感じ、一部屋が広く、窓から見える部屋に机が並んでいるような……学校かな? この建物は。


 学校なら門に名前が書いた板とか掲げていないかな。

 俺は目の前にある立派な門を観察すると、あったあった。名前の書いた板が。


 ええと、聖王国魔術学院と書いているな。やはりここは学校なのか。

 エルラインは昔ここへ通っていたのだろうか?


「エル。ここって?」


 俺は隣で腕を組むエルラインに尋ねてみる。


「うん? ここは魔術学院だよ」


 興味なさそうに返された……触れない方がいいんだろうか。


「エルは昔ここに来たことがあるの?」


「そうだね。建物は新しくなってるけど、そう……遥か昔にね」


 エルラインは突然遠い目になって、校庭?の真ん中に立つ巨木を見つめている。

 

「エルはここで勉強していたのかな?」


「……遥か、遥か昔にね……」


 なんだろう。彼の顔が別人のように見えた。いつもは悪戯好きな少年の顔だが、この時見せた彼の哀愁ただよう懐かしいものを思い出すような顔はとても印象的だったんだ。


「エル。ごめん。嫌なことを思い出させてしまったかな」


「いいんだよ。ピウス。覚悟を決めてここに来たからね。君のお陰で踏ん切りがついたんだよ」


「そ、そうか。なんだか分からないけど。エルの助けになれたのなら嬉しいよ」


「……君は相変わらずだね。僕を口説いてどうするんだい?」


「い、いや……そんなつもりでは……」


 正直な気持ちを言っただけなのに、そんなに俺は誰に対しても愛のモーションをかけているように見えるんだろうか……そういや、銀の板の妖精シルフにも同じような事を言われた記憶があるな。

 俺は懐に忍ばせた銀の板を右手でそっと触り、彼女のことを少し思い出した。生意気な性格をしているが、何のかんので俺の為に動いてくれるんだよな。シルフって。

 そのようにプログラムされてるだけかもしれないけど、彼女はただのAIには思えない。本物の人間のように思えるんだよなあ。


「まあ。行こうか」


「魔法陣がどこにあるか知ってるの? ってまだ許可ももらってないけど……」


 待て待て。まずは王城か聖教本部に行って、いつ英雄召喚の魔法陣を見る事ができるのかって交渉から始めないといけないんだよ。


「ん。僕が人間の許可を必要としているとでも?」


 やっぱり。そのまま突撃する気だよ。エルラインは……あれ? 英雄召喚の魔法陣の位置を知ってるのかな?

 

「魔法陣がどこにあるか知ってるのか?」


「そうだよ。英雄召喚の魔法陣のある場所を知っているよ。そこに行くんだろ?」


「だ、だから許可が……」


「僕が人間の許可を必要としているとでも? 邪魔できる者はいない」


 うわあ。事実だけに厄介だ。仕方がない。言っても聞かないだろうからついて行こう。まずくなったら頑張って謝罪しつつも強引に魔法陣の観察をしよう。それしかない。

 ん? エルラインは英雄召喚の魔法陣がどこにあるかも知っているし、儀式で浮き出て来る魔法陣とかではなく、どこかに描かれたものだってことも知っている。

 じゃあ、何でエルラインはこれまで英雄召喚の魔法陣を見に来なかったんだ? 今の彼の態度を見る限り、人間を恐れて来なかったというわけではない。

 

 さっきエルラインは気になることを言っていたな「覚悟を決めてきた」と。彼にとって英雄召喚の魔法陣を見ることは「覚悟」が必要な事で、魔法陣には彼を戸惑わせる何かがあるってことか。

 

 考え事をしていたら、エルラインはどんどん先に進んでいってしまうので俺は慌てて彼の後を追いかける。

 

 ほどなくして、教会が見えて来た。中世初期頃の建築様式に似た形の教会で、一本の高い塔にステンドグラス。建物自体はそれなりの大きさがある石造りの頑丈そうな造りをしている。

 俺は急いでエルラインを追い越し、教会の門番へ声をかける。俺の名前を告げると門番は慌てた様子で奥へと引っ込んでいった。

 

 良かった……俺の名前はこの教会に伝わっているようだ。聖教の教会に見えるが、ここが本部なのか支部なのかそれともお祈りをする場所なのかはもちろん不明だ!

 

 戻って来た門番は俺が英雄召喚の魔法陣を見に来ることを既に聞いており、俺が来たら通すように申し付けられていたらしい。

 まさかこれほど早く来るとは思っていなかったみたいだけど。そらそうだよ。まさか転移魔法で来るとは思えないよな……しかも聖王国の誰にも話を通さずに。

 ともかく、聖王国内で俺が来ることは伝わっていたから騒動を起こす事なく魔法陣を見る事ができそうで良かった……

 

「プロコピウス様ですね。話は王より聞いております。お通りください」


 門番は丁寧に礼をすると、門の奥へと俺を促す。中に入るとシスターらしき若い女性が俺達を地下へと案内してくれた。

 

「ここです」


 地下の古ぼけた扉の前でシスターは一礼すると、扉を開ける。

 

「ありがとうございます。この奥に魔法陣があるんですね」


「はい。私はここで待っておりますので。どうぞご覧になってください」


 シスターは扉の脇に控えると、再び俺に向かって礼をする。

 俺は彼女に会釈をすると、エルラインと共に魔法陣の描かれた部屋へと入っていく……

 

――魔法陣だ。思った以上に広い空間に魔法陣が描かれている。


 白いペンキのような塗料を細い筆で描いたような繊細な魔法陣が地下空間いっぱいに描かれていた。円形の魔法陣の外周は直径百メートルほどもある巨大なサイズだ。

 こんなにこの教会は広かったんだなと俺はどこか的外れな感想を抱く。

 

 いつのまにかシルフが俺の肩に止まり、指で俺の動くべき場所を指し示す。エルラインがいるので会話を行えないと思ったから、シルフと魔法陣を見る時には指で示すよう事前に彼女と決めていたんだった。

 忘れそうになっていた……

 

「エル。俺も魔法陣を端から端まで見て来るよ」


「うん。僕も見るから……」


 エルラインの様子が少しおかしく見えたが、俺はようやく見ることが出来た英雄召喚の魔法陣に彼の知識欲が歓喜に震えているんだろうと思っていた。それは大きな勘違いだとすぐに知ることになるんだが……

 

 俺はエルラインから離れ、シルフの指示通りに動き魔法陣をつぶさに観察していく。いやシルフが観察している。俺は魔法陣を見ても「複雑な図形をよくここまで描いたな」としか分からない……理解する気もないけどね。

 魔法陣全体を回り、シルフが扉の方角を指示したので、俺は扉の前へと戻る。

 

 エルラインは魔法陣の中央で立ち尽くしたまま固まっている。俺はしばらく彼の様子を眺めていたが、彼が俺が見ている間に微動だにしないことで俺は少し彼が心配になって来た。

 俺は立ち上がり、彼の近くまで歩を進める。

 

「エル」


 俺は声をかけ、エルラインの顔を覗き込むと――

 

――彼の赤い目から涙がとめどなく流れていた……

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