第139話 魔王討伐阻止
――聖教騎士団ムンド
聖教騎士団の第二、第三騎士団と聖教幹部から魔王討伐の決議が可決されたと聞き、私はナルセス様に決議の結果を伝えることにした。
ナルセス様は世ごとに余り興味がない様子でいつも超然としておられる。そのあり方が神に選ばれた者のありようだと感じ入る私は、彼女への尊敬の念をますます深めているのだ。
魔王と言えば魔の森にある魔の山に住む魔王リッチのことだ。これまで幾度か聖教騎士団は魔王討伐に向かっているが、無事帰国したものは皆無であった。ワザと魔王に生かされて帰されるものも居ない訳ではないが、帰国した者は皆恐怖に震え会話が成立しなかった。
魔王、魔王か。魔王はあの彫刻のような秀麗さを持つあの男と共に立っていた。悪夢の様な魔の森攻略が思い出されるが、あの男はナルセス様の旧友だと言う。
私はナルセス様と同席し、あの男とナルセス様の会話を聞いていたが、話を聞く限りあの男からは邪悪なものは感じなかった。
邪悪な者に敏感なナルセス様が旧友だというあの男はきっと悪い者ではない。故にあの男と親しげにしている魔王も実は倒すべき悪ではないのだろうか?
私は魔の森への認識が揺らいでいる。ナルセス様が否と言わぬのならば、魔の森の魔人や亜人は憎き敵ではなく、手を取り合える友人なのではないか?
エルフやドワーフのように。
王都には聖教教会本部と聖教騎士団本部があり、王都でもこの二つの施設は大きな面積をとっている。ナルセス様は教会にも騎士団の宿舎にも住まわれていない。
彼女の住む館は聖教騎士団本部から少しばかり歩いたところにある。館は彼女の世話役の敬虔な聖教のシスターが二人付いており、彼女に用がある時はシスターに取り次いでもらう必要がある。
私は駆け足でナルセス様の館に向かう。ナルセス様の館は平屋のシンプルな作りになっており、華美を嫌うナルセス様の希望でこのような住まいになった。
庭には所狭しと花が植えられており、ナルセス様が手ずから育てられておるのだ。
私がナルセス様の館に到着するとちょうど彼女は花に水をやっているところだった。
「ナルセス様。おはようございます」
「ムンドさん。おはようございます。何かありましたか?」
ナルセス様はいつもと変わらず柔和な笑みを浮かべている。ナルセス様が花に水をやる様子を控えて見守っているシスター達もナルセス様に見惚れているように見える。
ナルセス様は私やシスター達だけではなく、他にも多くの信奉者を持つ。多くの信奉者を持つことはナルセス様に接すればすぐ分かると私は確信している。
人々がナルセス様に惹かれる理由はいくつもある。ナルセス様の神々しいまでのカリスマと美貌は確かに彼女の魅力の一つだが、人々が真に惹かれるのは彼女の人柄とあり様だと私は思っているのだ。
「ナルセス様へご報告します。例の魔王討伐案が採決されたようです」
「ムンドさん。ご連絡ありがとうございます。魔王さんというとプロコピウスさんと親しい方ですよね。そんな方が倒すべき敵とは思えません」
ナルセス様の美しい顔が少し曇る。きっとプロコピウスと魔王のことを案じているのだろう。
「はい。私もナルセス様と同じように考えましたので報告にあがりました」
「討伐を中止されるよう騎士団の方々に打診します。それでも行くと言われるのなら仕方ありません」
「ナルセス様のお優しさはやはり魔王にも向けられるのですね。感服いたしました」
私はナルセス様が予想通り慈悲深い行動を取ると聞き、感動で肩を震わせる。ナルセス様は口だけではない、行動でこそ示すのだ。
「魔王さんを案じているのは確かですが、真の憂いは騎士団の方々ですよ」
「それはどういうことでしょうか?騎士団はこれまでの討伐隊の規模と違い、一団丸々討伐に向かうそうなのです」
一団丸々と言えば、優れた聖教騎士が千人。たった一人に千人が攻め寄せるのだ。いかに魔王といえどもひとたまりもないのでは?
「千人でも二千でも同じことです。魔の森にはベリサリウスさんがいらっしゃるんですよ。プロコピウスさんと親しい魔王さんが討伐を受ける事態に黙っているはずはありません」
「ベリサリウス……殿」
あの男か! ベリサリウス! 今でも思い出すと体が震える。あの悪夢のような戦術を使う
あの男ならば、あの男がいるならば!
確かにナルセス様が魔王ではなく、聖教騎士団の命を心配されるのは分かる。
聖教騎士団はもちろんベリサリウスの存在を知っている。不本意ながら、私が率いる聖教騎士団第一団が破れたことを報告したからだ。
聖教騎士団はベリサリウスのことが分かっていない訳ではないが、二千で魔の山に向かうのならば問題ないと考えているのだ。
ベリサリウスが立ちはだかる可能性もあるというのに。
「ムンドさん、聖教教会に向かいましょうか」
「了解いたしました! ナルセス様!」
私は踵を返し、ナルセス様と共に聖教教会に向かう。
ナルセス様は道中でも、礼をしてくる王都の市民へ柔和な笑みを返していく。本当に彼女は慕われているのだ。ひょっとしたら聖教教会の教皇様よりも……
王都の市民達はナルセス様が目に入ると揃って道を開け、彼女へ真摯な礼をする。人だかりはできるが、決して彼女を遮るようなことはしなかった。
私はこのような市民の様子を見て誇らしくなってくる。真に敬意を払うべき相手にはどのように接するのか市民達が分かっていることにだ。
彼らは自然とナルセス様にそう振る舞っているのだろうが、誰に教えられたわけでもないのに、そのような動きができる市民達。そのような敬意を払われるナルセス様。とても好ましい関係だと私は思った。
私達は聖教教会に到着すると、門番へナルセス様が来たことを告げる。門番はナルセス様の姿を確認すると、慌てた様子で扉を開け、中に通してくれた。
門番に何も言わなくとも、恐らく出て来る者は彼だろう。
しばらく通された小部屋で待っていると私の予想通り、聖教教会の司教がやってくる。
三十代後半ほどの、丸々と太った背の低い司教は、頭頂部も禿げ上がり見た目は決して良いとは言えないが、市民からの人気は彼より上位の大司教や同格の司教と比べて群を抜いている。
彼ほど聖教を愛し、市民と神に尽くそうとする人を私は見たことがない。
そのような人格者だからこそ、ナルセス様も一目置いているのだろう。
司教が来るとナルセス様は立ち上がって司教と挨拶を交わしていた。
ナルセス様が司教へ魔王討伐の反対の件を伝えたところ、司教も魔王討伐には反対だと彼女へ伝える。
司教の博愛主義はナルセス様以上で、命ある者は例え魔王と言えども、「時」以外はその命を奪うべきではないも主張している。
「ナルセス様。私ももう一度当たってみます」
「ありがとうございます。ブッケルさん」
ナルセス様はいつもの笑みを浮かべ、司教と固い握手を交わす。
これで魔王討伐が中止されると良いのだが……
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