第138話 演出家カエサル

 その日の晩、カエサルとジェベルを交えてローマの会談を行う会館……迎賓館で今後の戦争に向けた協議が行われようとしていた。

 辺境伯は俺たちにつくのか不明だけど、カエサルは構わず呼んで欲しいと俺に依頼して来たから辺境伯も会談に出てもらうことになった。

 ローマからは俺とベリサリウスに小鬼の村長の三人が参加する。騎馬民族からはジャムカ。ローマからはカエサルと他ニ名。辺境伯ジェベルはモンジューと以前会った老人の三名が出席する。


 迎賓館に集まった俺たちはお互いに挨拶を交わすと用意されたそれぞれの席に着席する。席は円形テーブルに沿って置かれており、身分の上下を置かないというローマの思想が反映されている。


 会談の議事進行はもちろんカエサル。俺に補佐するよう頼まれた……ま、まあカエサルが全部やってくれるはず。大丈夫だ。


 席に着席した俺たち一人一人に目をやってからカエサルは静かに立ち上がり、口を開く。


「本日は闘技場観戦の後、お集まりいただき感謝する」


 カエサルは一礼し、出席した者へ感謝の意を述べる。


「それでは、聖王国をいかに削ぐかについて議論を交わしましょうか」


 カエサルは冒頭からとんでもない発言を行う。味方につくかわからない辺境伯らは当然としても、他に集まった者たちも驚きを隠せない様子だ。

 ただ一人ジャムカだけが面白そうに頷いている。


 インパクトある言葉で観衆の心を掴み、語り聞かせる手法はカエサルならではといったところか。


「カエサル様。それはどういうことですか?」


 俺の質問にカエサルは魅力的な笑みを浮かべ、おどけた仕草で応じる。


「もちろん。聖王国と何処でどれだけの兵力と戦うのかということだよ。プロコピウス殿」


「何処でどれだけの兵力とは……想定できるのですか?」


 俺の疑問にカエサルは表情を変えずに答える。


「プロコピウス殿。それは私に任せてくれたまえ。ジルコンからは傭兵五千はお約束しよう。もちろん金はかかるがね」


 カエサルは自らの政治力と政略、軍略で聖王国をいつどこでどれだけの兵力を引き寄せるかという、化け物じみた難事をこなすという。

 これだけ自信たっぷりに言い切るのだから、カエサルは言ったことを実現できる確信があるんだろう。

 これが地球史上最大の英雄と言われるカエサルの能力の一端……敵対してなくて良かったよ。こんなのが敵にいたらいいように踊らされて俺たちは破滅するだろう。


「面白え。草原からは二千出るぜ。戦争中は聖王国の奴らが来ないって言うならな。カエサルさんよお。あんたなら出来るんだよな?」


 ジャムカがカエサルの話に乗ってくる。


「もちろんだとも。ジャムカ殿。なんなら平原で騎兵同士の対決も演出してみせようではないか」


 カエサルの言葉にジャムカは喜悦に包まれた雰囲気を醸し出しガハハと大きな声で笑う。


「お待ち下さい。カエサル殿。辺境伯領は戦いに参加するとは申していません」


 モンジューが慌てた様子で口を挟む。カエサルはここに集まった勢力の全てで聖王国に挑む姿勢を見せていたからだ。


「ジェベル殿。あなたなら参加されると私は思っておりますが……いかがか?」


 カエサルはモンジューの言葉に動じた様子もなく、辺境伯ジェベルに話の矛先を向ける。


「いかにも。辺境伯領は乗るしかない」


 ジェベルの言葉に辺境伯領の二人はガタリと立ち上がり、彼を見つめる。

 これに対し、ジェベルが静かに手を挙げると二人は渋々着席する。


 ジェベルは俺たちと交渉した時もそうだったが、利害を瞬時に判断し感情を抜きにして決断する果断さがある。


 俺たちが戦争の場を演出し、辺境伯領が聖王国につくとしたら、勝っても負けても微妙な立場に立たされる。

 負けたらもちろん辺境伯領は最悪取潰し。勝ったとしても、ローマと交易を大っぴらにやっていたことを糾弾されるだろう。

 ローマが手を出されて居ない一番の理由は聖教騎士団、辺境伯との戦いに勝ってきたからだ。

 聖王国にローマが挑み破れれば、ローマと交流のあった勢力は窮地に立たされることは確実だ。


 カエサルも同様だろう。カエサルは聖王国と戦うリスクはもちろん分かっている。その上で聖王国へ挑むと言ってるのだ。

 俺たちが戦いを始める以上、辺境伯領に取って最もいい戦後は俺たちに付き、聖王国に勝つことしかない。


 もっともカエサルが本当に戦場を演出したらの話だが……いや、彼はやるといえばやる。そんな男だ。


「カエサル殿。辺境伯領からは歩兵八千、騎兵千を出す」


 ジェベルの宣言にモンジューらは驚きで目を見開いている。きっとジェベルの示す戦力は辺境伯のほぼ全軍なんだろう。


「カエサル様、私たちローマはせいぜい二千が限界です」


 ベリサリウスも拠出できる戦力をカエサルに告げる。二千といってもほとんどは傭兵で、ローマ独自の戦力は三百もいない。


「ベリサリウス殿は剛毅ですな。それだけの戦力だと告げると我々から攻められるとは考えておられぬようだ」


 辺境伯はローマの戦力の小ささに少し驚いた様子だけど、カエサルは様子が異なる。これは愉快といった風に声をあげて笑っているではないか。


「少し違いますぞ。ジェベル殿。ベリサリウス殿は我々全てから攻められてもはねのける自信がある。そうですな?ベリサリウス殿」


 カエサルの確認にベリサリウスは無言で頷く。


「ローマの強さは数ではない。ジェベル殿は分かっておられるはずだ。今はそれを議論しても仕方ありませんな。私の提案を聞いてくれますかな?」


 カエサルはここにいる全員をゆっくりと見渡した後、口を開く。


「こちらの保有戦力は騎兵三千、歩兵一万四千程度。ローマには飛竜や龍もいます。ここまでは宜しいか?」


 カエサルはここで一端言葉を切る。


「合計で一万八千くらいでしょうか。カエサル様」


 俺の計算結果にカエサルは頷くと言葉を続ける。


「ベリサリウス殿。貴殿の理想はいかがか?」


 カエサルはベリサリウスに話を振る。きっと敵戦力がどれくらいがいいか聞いているのだ。


「カエサル様。そうですね。私の意見としては、決戦を野戦にて挑み撃破する。これまでのような局地戦は挑みません。正面から粉砕します」


 聖王国が向こう数十年は攻めて来ようとは思わないように、正面から叩き潰す。確かに理想だけど。


「ではベリサリウス殿。敵戦力はいかほとを望む?」


「いかほどでもと言いたいところですが、撃滅するとすれば四万程度かと」


 四万! 四万だとお! 倍以上の炎弾を使いこなす聖王国軍とやりあうっていうのかよ。

 しかも野戦で……


「ガハハ。さすが俺の見込んだ男だぜえ! ついでにカミュとやらとやり合いたい」


 一番に声をあげたのはジャムカだった。彼は獰猛な笑みを浮かべ戦場に思いを馳せている様子だ。


 ジャムカと対照的なのが辺境伯の面々だった。倍以上の兵力に正面から挑むとは正気なのかといった雰囲気だな。


「なるほど。さすがローマの英雄ベリサリウス殿。戦争は一年後、野戦にて演出しよう。傭兵を集め、物資を蓄積するのに半年、訓練に半年。いかがかな?」


 カエサルの提案にベリサリウスは「それだけあれば、十分です」と答える。


 こうして、カエサル演出、主演ベリサリウスの戦争芸術が上演されることが決定した。開演は一年後。気が重い……


※牛が牛がくるううう。すいません。明日お休みします。

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