第117話 ピウスさん大好き

 俺はトボトボと、そらもう足取り重くベリサリウス邸から自宅に向かっている。

 ベリサリウスが辺境伯の居城へ自身が赴くと言った時に俺の運命は決まっていたのだ……呼び出しに行かなければ行かなくて済んだかもしれないと、ベリサリウス邸に行った事を少し後悔するものの、結局、辺境伯の城へ行くのが少し遅くなる程度で結局は俺が行く事になるだろうと気がつき、ため息を吐く。


 自宅に戻り、扉を開けると部屋がぼんやりと明るい。リビングやキッチンには夜になると光る球体が置かれていて夜でも本が読める程度には明るい。

 これはエルラインがオパールで作ってくれた灯で、ベリサリウス邸の執務室にも設置されている。


 他には小鬼村の村長宅や、大通りにも電灯のように施設されているが、俺の家には特に数が多いんだ。


 エルラインがあのふざけた銀のサイコロを持ってきた際に光るオパールが大量に俺の家に置かれたのだよ。

 夜中でも俺に銀の板を読めるように彼が配慮したんだろうけど、あれには余り触れたく無い……


 光るオパールは電灯のようにスイッチで消灯できるものではなく、点灯と消灯の時間が決まっている。魔術で光るものだから、こんな仕様になるそうだ。

 若干不便ではあるが、ロウソクに比べれば扱い易いし、ロウソクより明るい。


 魔術の光で明るいリビングのダイニングテーブル横にあるソファーに腰掛けると、俺はようやく一息つく。

 俺が帰った事に気がついたティンとカチュアがリビングにまでやって来るが――


――裸だった……服を着ろ。服をー。


「ピウス様。大丈夫ですか?」


 ティンは心配そうな顔で翼を震わすが、何も着ていない。

 普段ならものすごい勢いで服について突っ込んでるだろうけど、今はそんな気分じゃあないのだ。


「あ、ああ。心配かけたね。少し考え事をしながら寝ようかなと」


「そうですか……ミネルバさんは既に寝ていますよ」


 そうか、もうそんな時間なんだな。ミネルバは日が落ちると夕食を食べた後、風呂に入っておやつを食べてしばらくすると寝てしまう。

 夜行性ではない動物は暗くなると寝るもので、日の出と共に起きる。


 人間だって灯が一般家庭で使われるようになる前は就寝時間は早かった。

 ローマでも、灯はあるが基本就寝時間は早い。夜になればやる事が無いからなあ。


「じゃあ、着替えて来るよ」


「ピウス様、あの……」


「ティンもカチュアももう遅いから、一緒に寝る?」


「はい!」「うん」


 二人は俺の言葉に物凄い食いついてきた。さっきは今一歩の所で呼び出し食らったからなあ。

 一緒に寝ようと誘ったのは再開しようと言うつもりでは無いんだけどね……ミネルバもいるし。

 彼女らの様子から俺と夜を一緒に過ごしたいんじゃないかと思って誘ったのだよ。ムフフな展開にはならないんだけどねー。


 二人ともそれは分かってると思うけど、ものすごくいい笑顔をしている。


 ベッドに四人で入るが、少し狭いと感じる程度の広さがこのベッドにはある。


 ベッドを作る時に、小鬼の職人が俺が使うベッドだから大きなものをと言っていたのを思い出す。

 ありがたい事にローマのみんなは俺の事をベリサリウスや村長に次ぐくらい高く見てくれてるらしく、「尊敬される人ほど大きなベッドにする」と面と向かって小鬼の職人に言われては、無駄に広いベッド作りをやめさせるわけにはいかなかった。


 ま、まああの時断らなかったから四人で寝ても問題無いんだけど、良かったのか悪かったのかは不明だよ。


 ベッドに入ったカチュアとティンは抱きついて来る程度でそれ以上動こうとはしなかった。

 俺はティンの頭を撫でながら、いかに辺境伯の元で行動するかと思案しているうちに、いつの間にか眠っていたのだった。



◇◇◇◇◇



 気がついた時には朝日が窓から差し込んでいた。うーん、まだどうすべきか考えがまとまっていないぞ。


 辺境伯の街ザテトラークまでは、ミネルバに乗っていくのがベストだろう。

 ここまではいい。ザテトラークについてからいかにして辺境伯へ挑発行為を行うかだ。

 一番安全なのは、辺境伯へ書状を届けることだけど、冒険者の宿を通じて届けてもらうか?

 いや、それならザテトラークに行く必要は無いし、ベリサリウスの意に沿わない。


 あ、書状を作るにしても紙が無いんだよな。これは木の板で代用しよう。炭と筆は幸いにして手元にある。

 ベリサリウスには朝には出ると言ったが、彼の意見と異なるが書状を準備しよう。それも大量に。

 いま思いついたけど、この方法ならば俺が比較的安全な上にベリサリウスの希望もある程度満たす事ができる。


 よおし、書状を作るぜ!


 結局、ティモタやライチに手伝ってもらい書状が完成する頃には日が傾きはじめていた。ザテトラークに向かうのは明日だな。

 メンバーは遠距離会話ができる人と聖教から敵視されている亜人も連れて行こうと思う。


 俺はリビングのダイニングテーブルに、完成した書状をまとめ、紐でくくっていく。

 そこに突然音も立てずにエルラインが出現した!


 いつもながら心臓に悪い。エルラインが来た事を見た、本日のお手伝いであるカチュアは彼にお茶を持って来る。

 なんだよ。ドキドキするのは俺だけなのかよ。


「何か面白そうなことをやるみたいだね」


 エルラインは俺の手元にある木の板でできた書状に目をやる。


「ベリサリウス様の命でザテトラークまで行くことになってね。その準備だよ」


「ふうん」


 エルラインはカチュアから受け取ったお茶を飲んで、俺のまとめた書状を眺めている。これは誘って欲しいのか。いや、これまでエルラインは銀のサイコロのお礼と言って俺の移動を手伝ってくれていたから、今回も来るつもりなんだろう。


「エル。明日の朝にミネルバに乗ってザテトラークに向かおうと思う」


「ザテトラークは転移魔術では移動できるようにしていないね。フランケルまでは転移魔術で行こうか」


 やはり今回も足になってくれるみたいだ。助かるぜ。エルライン。


「今回もついてきてくれるんだな。ありがとう」


「……銀のサイコロのお礼だよ」


 デレた。絶対にデレたぞ。と俺が口に出せないでいると、空気を読むことを知らないカチュアが会話に入って来る。


「エルさん、やっぱりピウスさんのこと好き?」


 こらあ。何てことを突っ込んでるんだよ。エルラインは男だし、それ以前に人外なんだが。

 カチュアの言葉にエルラインは少し固まった後、口を開く。


「ん。僕は君たちのように子孫を残せる訳じゃあないからね。君たちの言うところの愛とかの感性とは違う」


 とエルラインは前置きした上で続ける。


「そうだね。ピウスの事はブリタニアの中では一番興味深く思ってるよ」


「わー、やっぱりエルさんもピウスさんが大好きなんだね。私もピウスさん大好き」


 カチュアのこれはある種の才能だよな。空気を読まない天真爛漫さ。俺は面と向かって大好きとか言われたので、思わず赤面してしまう。

 しかし、カチュアの大好きとエルラインの興味深いは意味合いが違うんだが……


「ふうん。カチュアはピウスが大好きなのかあ」


 エルラインがニヤニヤと俺を見ながらわざとらしい声をあげる。


「うん。ピウスさんは強くて優しくて。大好きだよ!」


 うわあ。やめてくれー。恥ずかしいったら。


「カチュア、明日の朝から人間の街へ向かうんだけど一緒に来るか?」


 俺が誤魔化すようにカチュアへ問うとカチュアは満面の笑みで「うん」と元気よく返事をした。


「ピウスさんとエルさんとお出かけ。嬉しいなあ」


 まあ、エルラインがいるならどこへ行っても大丈夫だろ。

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