第95話 言語のお話

 ダークエルフの村を越え更に東の湖を越えたところで、俺たちは休憩を挟むことにした。

 ダークエルフの村がある此処から西方向――ローマのある方角には、話に聞いていた通り綿花が自生しているが、西側は少し様相が異なった。


 俺の感覚では南か北へ進むと寒くなるか暑くなるかするのだが、ブリタニアでは違うようだ。

 仮にローマを魔の森の中心部とすれば、ローマから犬耳族の村、ラヴェンナ、魔の山、ダークエルフの村に至る地域は地球なら亜熱帯に属する。

 対して魔の森より南方にあるフランケル、北東にあるジルコン、そしてここローマから西にある湖の西側が温帯に属する。

 方角がてんでバラバラで俺の常識がまったく通用しないのだ!


 上空から見た限り、ここからさらに西に行くと大草原が広がるステップ……もうワケが分からない!

 深くは考えないようにしよう。言葉が通じる事だって最初は不思議に思っていたけど、今はもうそんなもんだと割り切っている。


「どうしたんだい? 難しい顔をして」


 エルラインがうんうん唸る俺に問いかける。


「いや、ブリタニアではこんなもんだと思う事にしたんだよ」


「一体どんな事だい? 聞かせてくれないかな?」


「みんな同じ言葉を喋ってるところとか、気候のこととか……」


「ふうん」


 エルラインは珍しく目を見開き驚いている。一体どうした?


「エル? 何か変なこと言ったか?」


「君は物事の視点が実に面白い。言葉の事は僕も疑問に思ったことはあったんだよ」


「みんな同じ言葉を喋ってるよな?」


「結論だけ述べると、同じ言葉に聞こえるだけだよ」


「え? エルは何が起こっているか分かるのか?」


「そうだね。言葉の事に気がついて調べはじめてから長い時間がかかったけどね」


 エルラインは肩を竦め、大きなため息をつく。彼の言う長い時間ってどれくらいの時間なんだろう。


「それは我も興味ある。魔王よ。よければ教えてくれないか?」


 龍の姿のミネルバが話に割り込んで来た。


「ピウスがどうしてもっていうなら、話をしようじゃないか。君は言葉の違和感に気がついたのだから。僕が話をする価値はある」


「謎があると言われると聞きたくなるよ! 教えてくれないか?」


 俺の言葉にエルラインは満足そうに頷き、言語の謎について教えてくれた。

 まず前提として、俺の言語に対する認識は正しい。種族や地域によって言語は異なる。もちろん、地球出身の俺たちとブリタニアの言語は異なる。

 細かく言えば、俺とベリサリウスの言語も違うのだが。


 しかし、違う言語でも耳に届くと、自分の言語として聞こえる……正確には相手が伝えたい内容を俺の場合は日本語に変換されて聞こえてくる。


 超不思議現象だけど、ブリタニアの人たちに取っては不都合は無く、むしろメリットに思える。

 この不思議現象は何処から、何故起こってるのか、とエルラインは調査を始めたそうだ。


 前提として、ブリタニアは魔力に満ちていることを知っておかねばならない。空気中の魔力は俺たちの体に吸収され、魔術や魔法が使える。ただし、人の体に溜めることが出来る魔力は最大量が決まっている。MPみたいなもんだな。


 ここまでで大体想像がついて来たんだけど、風呂で使っているようにオパールへ魔術を込めて熱源にしたり、ポンプの様に使うことが出来る。

 つまり、無機物であっても魔術は発動する。


「大体予想がついたよ。エル」


「まだ核心を話してないけど、まあ予想はつくよね」


 エルラインが答えるが、ミネルバが待ったをかける。


「二人で納得してないで説明してくれ」


「つまり、ブリタニアの何処かにお互いの言葉が理解できるようになる、大規模な魔術が描かれてるってことだよ」


 俺の回答にエルラインは頷き、ミネルバはなるほどと相槌を打つ。


「それが何処に描かれていて、どのような構造になってるのかを考察するのが大変だったんだよ」


「よく見つけたな。エル。ひょっとして文字も似たようなものなのか?」


「少し違うけど、君が何かしらの文字を理解できるなら読めるはずだよ」


「それは素晴らしいな! どんな本でも読めるなんて!」


「だいたいはね。そう、だいたいは」


 エルラインが意味深な事を言ってるが、実際に文字を見て見ないことには何とも言えないか。


「エル。興味深い話をありがとう。そろそろ出発しようか。ミネルバ行けるか?」


「ああ。問題ない」


「マッスルブも大丈夫か?」


「ブーは座っていただけだから疲れてないブー」


 マッスルブはずっと黙っていたが、それには訳がある。なあに簡単な事だよ。ずっとモグモグ食べていただけだ。口が塞がっているからしゃべることが出来ない。つまりそういうことだったんだよ。

 オークはとにかく燃費が悪いみたいで、人間の二倍ほどの食料を必要とする。力は強いけどあれほど食べるのは大変だよな……

 


◇◇◇◇◇



 再び空へ旅立ち、草原がどんどん近くなってくる。草原の上空へ入ると目に入る景色が地平線の向こうまで緑の草原が広がる大地になる。おお。これはまるで中央アジアに広がる広大なステップのようだ。

 こういうステップでかつて騎馬遊牧民は覇権を競って争ったんだろうなあ。


――遠くに馬の集団が見える。きっとあれはこの大地に住む騎馬民族だろう。ここからではまだ米粒くらいのサイズだ。


「エル、馬の集団が見えるがどうしようか」


「僕はどっちでもいいよ。ミネルバ。あの中に英雄はいるのかな?」


「ん。あの集団ではないな。集団から少し離れたところにいるようだぞ」


 なるほど。もう少し進む必要があるのか。しかし、彼らは一度龍を追い返してるんだったか。ならば攻撃されてもおかしくない。どうしたものか……


「エル。彼らに俺達が攻撃の意思はないってことを伝えたいんだけど。声を拡大する魔術を頼めるかな?」


「全く君は」


 その時だ。

 

――矢が俺の髪をかすめる!


 なんだ! 彼らへ先ほどより近くなったとはいえ、まだ二百メートル以上あるぞ。この距離で弓が届くなんて……なんて剛力なんだ。

 当たらなくて良かったよ……

 

「エル。急ぎ魔術を頼む……って!」


 エルラインへ魔術を頼もうと彼に目をやると、彼の様子がおかしい……


「余計なことをしてくれるね……」


「エル?」


「こんな矢にピウスが不覚を取ることはないだろうけど……気に入らないな。ああ。気に入らない」


 こ、この空気は少しまずいぞ。いつも達観した様子のエルラインから不穏な空気を感じる。

 

「エル……」


「安心しなよ。君の気持ちは分かっているつもりだよ……」


 エルラインは俺にそう言い残すと、フワリと浮き上がるとミネルバの背から離れる。駄目だこれは止めれない。死なない程度にしてくれよ……ちなみにエルラインの心配は全くしてない。

 あの遊牧民族らしき馬の集団の方々の方を俺は心配している……見たところ数は三十くらいか。

 

 エルラインは地へ降り立ち、騎馬民族の集団を見据える。彼らもエルラインから不穏な空気を感じたらしく一斉に弓を引く。

 そして、エルラインに向け一斉に矢が放たれた!

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