第94話 ヴァルナ

 ジルコンの街は広さも賑わいもフランケルとは比較するのも馬鹿らしいほどの規模だった。

 空の上から見た通り建築物の質は、道に至るまで、これまでこの世界で見たものの中では隔絶した技術力で作られている。

 フランケルが十二世紀の西欧の田舎町とすると、ジルコンは十六世紀の大航海時代で華やかなリスボンといった感じかなあ。


 とにかく二十万を超える住民を誇るジルコンは、別世界に来たような感覚を俺に与える。

 特に港の作りが素晴らしく、石畳で造成された波止場に木製の残橋が伸びる。灯台まで備えてあり、港には二十を超える大小様々な船が停泊していた。


 ここと貿易するなら欲しいものはたくさんあるなあ。大きい物だと船。小さな物だと小鬼だけじゃ追いつかないから釘などの加工した資材。

 こちらからだと、石灰や石炭などの原料かな。キャッサバも良いかもしれない。


 街を散策している間はエリスが騒ぎっぱなしで、俺の袖を引っ張り、ベリサリウスが自分の世界で見ていた風景と近いかをずっと聞いてきていた。

 露天や幾つか店も見せてもらい、今後手軽に入れるようにとカエサルは街への入場許可証まで手配してくれる。

 今度はじっくり観光に来ようと心に誓った俺はミネルバの背に乗り、ローマへ帰還することにした。



◇◇◇◇◇



 ローマに戻った俺はベリサリウスの元へ報告に向かう。当然のようにエリスがついてきているが……頼むから先に喋らせてくれよー。


 ベリサリウスの邸宅へ行くと、彼自ら俺を迎え入れてくれる。少し恐縮するが、ベリサリウス基本世話役をつけず自分一人で何でも行う庶民的な人なのだ。

 エリスは自分から世話を焼いているだけで、ベリサリウスが頼んだわけではないそうだ。

 

 ベリサリウスが椅子に腰掛けるのを待ち、俺は直立したまま軽く礼を行い報告を始める。


「ベリサリウス様。カエサル様に無事会うことが出来ました」


「ほう。カエサル様は何と?」


 俺はベリサリウスにカエサルとの出来事をなるべく詳細に彼に説明する。彼はうむうむと頷きつつ俺の話に聞き入ってくれる。彼は時折「さすがカエサル様」との呟きも漏らしていた。


「ふむ。プロコピウスよ。ご苦労だった」


「ジルコンと取引を行う為に港を整備したいと思ってます」


「犬耳族と相談して決めるが良い。全て任す」


「ありがとうございます。計画中の街道も犬耳族の村まで伸ばします。ベリサリウス様、街の名前はいかがいたしましょう?」


「お前が決めると良い」


「ベリサリウス様。ならば私の考えた名前を」


「ほう。言ってみろ」


「ヴァルナと」


「水の街か。良い名じゃないか!」


 ベリサリウスはカカカと笑い俺に同意してくれた。街建設は時間がかかるけど、盛り上がってくれればいいなー。

 ラヴェンナ同様、入植者ももちろん募る。ヴァルナはハーピーでもオークでも住むのに問題はない。共和国の人間は彼らを魔族と呼んだりしないからね。だから、気にせず人材を突っ込めるというわけだ。


「ベリサリウス様。もう一つの騎馬民族の国にいるという英雄に会いに行く件ですが」


「人選はお前に任す。好きな者を連れて行くといい」


 ベリサリウスは来ないのか。今回は気軽に話ができるメンバーで行こう。

 とはいえローマと連絡出来る人は連れて来ないといけない。ま、まあエルラインしかないのかなあ。


「ありがとうございます。では私はこれにて。ジルコンの様子はエリスさんからお聞き下さい」


「プロコピウスよ。本日はゆっくり休むが良い。ご苦労だった」


 俺はベリサリウスに礼をすると、エリスに目配せする。彼女は親指をグッと俺に突き出し感謝の意を伝えてきた。

 俺の気遣いに感謝するが良い。ふははは。



 自宅に戻った俺は一息つくと騎馬民族の国へ行くメンバーについて思案していた。


 空を飛ぶミネルバと伝令のエルラインは確定。この二人だけでもいいけど、たまには違うメンバーを連れて行きたいなあ。

 あ、そうだ。彼にするか。


 決まった所で風呂だ。風呂。今日のお世話係はカチュアだが、家にはミネルバもいる。

 俺は二人に入ってくるなと念押ししてから、ゆっくりと湯船に浸かる。


 ふうー。風呂くらいゆっくり入りたいよなー。いやー、風呂は良い。素晴らしい。これだけはエルラインに感謝だよ。


 風呂は気持ちよく入れたんだけど、寝る時はそうはいかなかった!

 だから何で二人で来るんだよ!

 先日のデジャブを感じつつ、俺は左右からミネルバとカチュアに挟まれ悶々とした夜を過ごすことになってしまう……

 これも、最後の英雄に会うまでだ……終わればミネルバは龍の谷に帰ってくれることだろう……稽古の日には来るだろうけど。

 あ、刻印を持つ人物ってのにも会わさないといけないんだったか。これはエルラインに振っちまおう。

 

 あーそれにしても。何で腕に絡まって来るんだよ! もうこう、やわらかいのが当たって思わず抱きしめたくなってくる。抱きしめたら柔らかいんだろうなあ。

 女子ってなんでこう柔らかいんだろうね。いやおっぱいのことじゃないんだ……確かにおっぱいは柔らかいけどな。


――翌朝

 いい朝だ。清々しい。日差しが眩しいぜ……

 いい加減発散したくなってきたよ。俺もうゴールしていいよね。二人いても構わないよね……そのうち理性がぶっとんで襲い掛かりそうなんだけど……その時はもう知らんぞ俺は!

 

 と、ともかく。ミネルバとエルラインともう一人に声をかけ、さっそく騎馬民族の国へと向かうことにした。

 


◇◇◇◇◇


 

「ブーは龍の背に乗るのは初めてブー! すごいブー!」

 

 そうかそうか。最初はうぜえと思っていたが、働き者で素直ないい奴だと分かってからは癒しキャラになったんだよなあ、こいつ。そうオークのマッスルブを連れて来たんだ。


「空からの眺めはよいよなあ。マッスルブ」


「ピウスさん。ありがとう。すごいブー」


「たまには旅もいいだろう」


 俺の言葉に、マッスルブは景色から目を離さず頷いて来る。こんなに喜んでくれるなら誘った甲斐があったってものだよ。そこに水を差す人物が……


「ピウス。楽しんでいるところ悪いんだけど。どうやって会うつもりなんだい?」


「あ、そうか。龍は追い返されたんだっけ。でも、ミネルバは声が聞こえてるんだろ? 会う事に問題はないんじゃないのかな?」


「会う事はね。君は思慮深いのかそうでないのか分からなくなってくるね」


 エルラインは呆れたように肩を竦める。

 ん、ああ! そうか。最後の英雄は「龍を追いかえした」んだった。いきなり攻撃を仕掛けて来てもおかしくない人物だったのだ。英雄が追い返したと思った龍が再び来たと思ったらどうだろう?

 そら攻撃されるよな……

 

「カエサル様とは違うか……んー。どうしようか」


「いっそのこと戦ってもいいんじゃない?」


 エルラインは好戦的な笑みを浮かべる。お、俺はなるべく平和的に行きたいんだって!


「エル。声を拡大する魔術ってないかな? 近くまで来たら呼びかければ大丈夫じゃないかな?」


「全く君は。まあ、できるけど。たまには威圧してもいいんじゃないの?」


「手段があるなら、声をかけようよ! 何も戦うことはないと思うんだよ」


「ふうん。まあいいけど」


 騎馬民族の国は、ローマから西へ進みダークエルフの村を越える。ダークエルフの村からさらに西へ行くと大きな湖があって、湖を越えると草原が広がっているらしい。

 そこが騎馬民族の国とのことだ。さて、どんな国なんだろう。楽しみだ。

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