第92話 カエサル

 港町も目前だし、ミネルバに何処で降りてもらって人型になるのか考えないとな……


「エル。変身魔術を全員に頼む」


「エリスは肌の色をエルフみたいにすればいいんだね」


「ええ。それでお願いするわ。以前は絶対嫌だったけど、今は特に何とも思わないしね」


 ダークエルフとエルフの仲はすこぶる悪いと聞いているから、エリスはエルフのような見た目になる事に抵抗があったみたいだな。今はそうでも無いみたいだけど。何か心境の変化が?


「ふうん。種族差を気にしないかあ。面白い。ローマ風の考え方かな?」


 エルラインが興味深げにエリスに問う。


「私は違うわよ。ローマ風とか他の子の事は分からないけど、ベリサリウス様がエルフを差別しないのに私がそうだと困るじゃない?」


 何という恋愛脳! ベリサリウスが黒と言えば全部黒、白と言えば全部白なのか。徹底してるなあもう。

 ベリサリウスもエリスとくっつけば良いのに。女は見た目じゃないって! 愛だよ。愛。あ、誤解が出そうだから言っておくが、エリスは非常に顔の整った、おっぱいが大きめの美女だ。スタイルも腰がギュっとしまっててスラリと足が長く、背は俺より頭一つ分小さいくらい。

 女性としては理想のプロポーションじゃないかな。俺主観だが。ちなみに俺はおっぱいが小さい方が好きだ。どうでもいいか。


 エルラインに変身魔術をかけてもらった後、彼と相談し着陸地点を決める。


 街から徒歩で一時間ほどかかる人通りが皆無な場所へ降り立った俺たちは、街へと歩を進めようとしていた。


 しかしまたしてもエリスとエルラインの二人から待ったがかかる……今度は何だー!


「プロなんとかさん、カエルだっけ? その人にはどうやって会うつもりなの?」


 おや、分かってなかったのか。あとカエルじゃなくてカエサルな。本人の前で絶対言うなよ……


「エリスさん、カエサル様の元には龍がいるんですよ」


「ふうん、そう」


 エリスの表情が変わっていないので、これは理解していないなと俺は気がつく。だいたい彼女は龍について聞いてくることも無かったから、知ってる訳もないかー。


「ええとですね。エリスさん。龍同士は離れていても会話できるんですよ。ほら、風の精霊術みたいに」


「ああ、そういうことなのね。理解したわ」


 エリスはようやく納得いった様子でウンウンと頷く。

 カエサルと会う手段は、ミネルバ任せになって申し訳無いが、ミネルバからカエサルの元にいる龍に連絡を取ってもらって彼に会えるよう取り計らってもらうつもりだ。

 カエサルならば、龍と連れ立って来た者に必ず興味を持ち会うと言うはず。使える駒になるかも知れない者へ会うチャンスを彼なら逃さないだろう。

 龍は巨大な力を持つからね。俺たちはその龍と連れ立って来た訳だ。

 

 エリスが納得したのを見て、今度はエルラインが問いかけて来る。

 

「ピウス。君は街でカエサルだっけ……と会うつもりなのかい?」


「うん。そのつもりだけど」


「全く君は危機感が足りないな。カエサルが街の支配者だったとしたらどうするんだい?」


 どうって。ああ、非友好的な場合、街で捕らえられる可能性もあるのか……


「あ、そういうことか……」


「もし拘束されるようなことになったら……分かるよね? ピウス」


 嫌らしい笑みを浮かべるエルラインを見て俺は気が付いてしまった。こいつ、向こうが手を出して来たら暴れる気だな……

 暴れるだけならまだいい。街ごとやってしまうんじゃないだろうか……

 

「エル。俺は君の方が怖いよ……まさか街ごとやるつもりじゃないだろうね?」


「君の想像に任せるよ。ふふふ……」


「カエサル様には外で会うように頼もうか……」


「僕はどっちでもいいんだよ。ただ、僕と敵対して生き残った者は記憶にある限りいないね」


 怖えって! 良かった。街へ行く前にエルラインと会話できて。忘れがちだけど、こいつは龍三匹が恐れる魔王。一体どれくらいの力を持っているのか分からないが、少なくともローマが龍三匹に襲われたらただではすまないぞ。

 俺の見積もりでは、龍の物理的能力はかの巨人――サイクロプスやヒュドラ並。さらに精霊術まで使うんだろ……それをものともしないエルライン。悪夢だぜ。

 

 次に俺が目をやったのは、巨大な龍の姿になっているミネルバだ。


「ミネルバ。悪いが、カエサルの元にいる龍へ頼んでくれないか」


「分かった。カエサルにここへ来るように頼めばいいのだな」


「うん。お願い。もし来ないと言われても押し通さないようにしてくれないか?」


「お前がそういうならそうしよう」


 街の外で会うとしても、たぶんカエサルは来ると思うんだよな。ミネルバが連絡を取ってくれてる間に俺は彼女の服を持ってきたずだ袋から取り出しておく。

 もし人型に変身するなら服を着せておかないと。こういうのは習慣だ。服を着る習慣をミネルバに覚えてもらう。主に俺の為に……裸の美女を引き連れているピウスって言われたくないのだよ。俺は。

 


◇◇◇◇◇


 

 ミネルバの連絡の結果、カエサルは直ぐにこちらに向かうとのことだった。予想以上に動きがはやいな。

 

――来た。巨大な緑色の鱗をした龍だ。


 龍が着地すると、一人の中年男性が降りて来る。男はエリスくらいの背丈に、ベリサリウスほどじゃないが筋肉質な体。茶色のくせ毛を短く刈り込んだ髪型だったが、頭頂部が薄くなっている。眼光が鋭く、人を惹きつける笑みを浮かべ俺に手を振る。

 この男がカエサルか? 


「お越しいただいてありがとうございます」


「龍の頼みだ。それに私を背に乗せてくれるというものだからね。こちらがお礼を言いたいくらいだよ」


 男は一人でここまでやって来た。警戒はしないのか? いやしているだろう。全て分かっていて一人で来たんだ。龍を連れた初対面の相手に大胆にも一人か……


「私はプロコピウスと言います。そこの龍――ミネルバからあなたの事を聞き、こちらへ参った次第です」


「私はカエサル。見たところ君は私と同種のようだね」


「え?」


 一目見て何故分かるんだ?

 

「ははは。そんな驚いた顔をしなくてもわかるさ。もう一つ分かったことがあるよ。何だと思う?」


「いえ、私には何のことだか……」


「君は私より後の時代の人間だね。そして私の事を本か何かで学んだ」


 何で分かるんだ? 確かにそうだけど。地球出身で、カエサルより後の時代に生まれたってことは正しい。どんな洞察力なんだよ。この人。

 

「確かにその通りですけど……」


「そんなに驚いた顔をしなくてもよいとも。全て種も仕掛けもあるんだから。私が一人でここへ来たのも理由あってのことなんだよ」


「何か理由があることは分かりますけど……」


 どういうことだ? 話が全然見えてこない。種も仕掛けもあるってことは、俺に会う前に俺が地球出身でカエサルより後の時代に生まれたってことが分かってたってことだ。

 カエサルが街でどれだけの実力者なのか不明だが、事前に俺達の情報を得ることができるほどの情報網を持っているのかな?

 

「同郷の君へ種明かしをしようじゃないか」


 カエサルはおどけた様子で肩を竦めると、魅力的な笑みを俺に浮かべたのだった。

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