第73話 宝石屋

 エルラインの無理やりの勧めで、俺はティンと手を繋ぎ宝石店へ向かう。横からニヤニヤとエルラインが俺達を眺めていて、非常に微妙な気持ちだよ……ティンはティンで超ご機嫌だし。

 おもちゃにされていることを気が付いていないのか彼女は?


 ま、まあいい。目的のオパールを捜すんだ。

 しかしオパールと一口に言ってもその見た目は千差万別だ。大きく分けて透明で様々な色のついたプレシャス・オパールと透明ではない石……よく見るのは乳白色の石――コモン・オパールの二種類がある。

 オパールの結晶構造が魔力を集める為に必要ならば、プレシャス・オパールになるのかな。そうであれば……水晶などでもいいんじゃないかなあ。



 俺が現実逃避しているといつの間にか宝石店へ到着したようだ。


「ティン、適当にお店を見ていてくれ。俺とエルラインは探し物だ」


「はい!」


 ティンは名残惜しそうに俺から手を離すと、きらきら目を輝かせながら店内を物色し始めた。

 俺はエルラインへと向き直り、店主に声をかけてオパールを見せてもらうことにした。


「エル。どんなオパールがいいんだ?」


 俺は店主が並べてくれた色とりどりのオパールを眺めながら、エルラインに問う。

 オパールは透明なプレシャス・オパールも、石のようなコモン・オパールも置かれている。


「そうだね。色と大きさによって決まるんだけど。透き通ったものは得てして良好だよ。でも乳白色で他に余り色がついていないものでも大丈夫だよ」


「乳白色でも大丈夫なら安価に集めれるな」


「それなりに数はありそうだね」


 色が白に限定されるけど、コモン・オパールは数が出るから、集めるのはそれほど手間ではないと思う。宝石店でどれだけ置いてるかは分からないけど……理想は魔の森で発掘することだけどなあ。探索するもの大変そうだ。


「店主さん、ここにあるのが全てですか?」


「いや、在庫にひと抱えほどあるよ。白いオパールで良いんだね?」


「透明の奴も並べてくれた物を全部欲しいんだけど……」


「えええ!オパール専門商人でも始めるのかい?」


「そうではないんだけど、あ、行商人さんてこの街にも来るのかな?」


「ああ。割に来るよ。此処に来る商人は塩や遠方の珍しい工芸品とか持って来るものは様々だね」


 ふうむ。塩なら大量にあるぞ。岩塩だけど。他にローマから売れそうなものは木材は……運ぶのが困難かもしれない。あとは石炭。そういえば、ガイアに最初会った時魔の森の薬草を集めに来ていたとか言ってたな。

 案外ローマから出せる物があるじゃないか。

 こちらからは、家畜や作物の種なんかは欲しいけど、育てれる人が居ないんだよな。


 んー、物を入れても人が居ない。いきなりローマに入れるのは防衛上怖いなあ。変な奴……スパイとかが混じってたら厄介だ。

 やるとすれば、ラヴェンナを拡大して農地と牧場を作ろうか。鶏と牛に野菜や小麦など欲しいものは幾らでもある。


「いずれ新しい取引先が出来るかもしれないんだ。その時に行商人に声をかけたいんだけど」


「ほう。何やら面白そうだな。俺も噛ませてくれるならいいよ」


「まだ秘密だけど、近く声をかけるよ。オパールだけど、全部貰えるか?」


 俺は先ほど絹織物の交換で得た金貨の入った袋を棚にドスンと置く。

 店主は驚きで目を見開いたが、俺に目配せすると金貨の入った袋に手をやる。

 俺が無言で店主に頷くと、彼は袋の中身を見て更に驚いていた。


「こんなにいただけませんよ! 袋にある半分くらいですね」


 絹織物ってそんな高いのかよ! さすが限定品。とはいえ今回売った量は、カチュアが丹精込めて育てた蚕二ヶ月分だからそうでもないのか?

 ん、まあいいか。


 俺は店主がオパールを纏めている間にティンの様子を伺う。


 彼女は目を輝かせて、キラキラ太陽の光で輝くネックレスをじーっと眺めていた。

 ネックレスは三日月のペンダントトップが取り付けられており、三日月の中心には赤い宝石が付属していた。

 ペンダントトップのサイズは親指の爪程のサイズがある。


 俺は無言で彼女の見つめるネックレスを手に取る。


「あ」


 ティンが思わず声をあげ俺の方を見つめるが、俺は店主にこれも購入する事を告げる。

 店主が了解すると、俺は彼女にネックレスをかけてあげた。


「ティン、いつもお世話になってるお礼だよ」


「ありがとうございます! ピウス様! 大事に……大事にします!」


 ティンはペンダントトップを手で握り締めたが、感激からか手が震えている。

 彼女は俺の方へ手を広げ、躊躇しまた手を元に戻す。

 これ抱き着きたいんだろうなーと俺が遠い目をしていると、後ろから誰かに押され、前へつんのめった俺は思わずティンを抱き締めてしまう。


 押したのはエルラインだなー! と彼に怒りを示す前に、彼女の体温が俺に伝わって来て……彼女といえば、顔を真っ赤にしながらギュっと固まっている……


「テ、ティンごめん」


「い、いえ。むしろご褒美というか……」


 ティンは頬を赤く染めながらも俺から離れようとはしない。ちょっと変な雰囲気になって来てるんだけど! ここにはエルラインも店主もいるんだぞ。分かってるのかな。ティンは。

 誰もいないところなら、うん。悪く無い。悪く無いけど……ああ。もう何考えてるか分からなくなってきた。


「店主。準備は完了したか?」


 俺はじっと固まったまま離れようとしないティンを離すわけにはいかず、店主の方に首だけ向けぶっきらぼうにそう言った。


「終わったよ。君のほうは終わってないように見えるけど?」


 店主はニヤニヤと俺に微笑みかける。だから嫌だったんだってば! エルライン!


「エル! 店主に笑われてるじゃないか!」


「ふうん。ピウスは嫌なの? ティンと抱きしめ合うのが」


 エルラインの言葉にティンが潤んだ瞳で見つめて来る……だー! 煽るんじゃねえ! エルラインに文句を言うのは藪蛇だ。ここは何とも無かった風を装って店を出る。

 これしかない。


 俺はティンの肩を両手で掴むと無言で彼女を引き離す。続いて店主がまとめてくれたオパールを持つと半分をエルラインに渡し、金貨の入った袋を懐にしまい込んだ。

 そのままティンの手を握りしめ、大股で店を後にした。



「せっかくティンとくっつけてあげたのに、もういいのかい? ピウス」


 エルラインが後ろから声をかけてくる。


「どうもこうもないだろー!」


 俺の言葉に今度はティンが涙目になる……


「ピウス様! そんなに嫌だったんですか!?」


「い、いや。そんなわけでは!」


 ダメだ! これはダメだ。俺は触れてはいけないものを知ってしまった。


「全く、いつも同じ家にいるというのに、君は……」


 エルラインが呆れたように呟くが、聞こえてるから! もうほっておいてくれよー。


 多少のドタバタはあったものの、オパールは手に入れることが出来た。人を誘致する案は一旦持ち帰りとなったが、行商人は呼び込めると思う。農家についてはラヴェンナがある程度完成してから改めて募集をかけることにしよう。

 行商人と冒険者の宿から募れば集まってくるかもしれない。

 戻ったらオパールの実験をエルラインと行いながら、機を見て人間をラヴェンナに招待しよう。それまでは定期的に俺がこの街へ行商に来ようと思う。


 ※ラブコメ禁止

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