第58話 オークと犬耳族の工兵能力
――翌朝
俺達は太陽が昇ると共に作業を開始する。ベリサリウスが来るまでどこに何をつくればいいのか分からないから、ひたすら木を伐採し木材の準備を行う。また、旧小鬼村の燃え残った廃材の撤去作業も手分けして行っていく。
廃材は村の外へ台車で運び出しておいた。
これだけの人数がいれば作業も早い早い。オークは人間二人分のパワーがあるし、犬耳族のスタミナは無尽蔵だ。
恐ろしいことにベリサリウスが到着する頃になると、旧小鬼村にあった廃材は粗方取り除かれていた。
「諸君らの働きに感謝する」
ベリサリウスは到着するなり開口一番、彼らを労う。
彼の労いの言葉にオークと犬耳族は一旦手を止め、恐縮した様子で彼に頭を下げた。さすがベリサリウス。ローマ街民の種族を問わず尊敬されているんだなあ。
ベリサリウスの指示は村の南方に丸太で柵を作り、柵の裏に穴を掘って塹壕のようにする。俺が知る塹壕と違い、穴の深さが胸の辺りまでの深さで指示を受けた。銃と異なり弓で射撃するから浅めになっているのかな。
塹壕の後ろには、胸の高さまであるコンクリートの壁。実はコンクリートを作っていたんだよ。時間もかかるし、鉄筋コンクリートみたいな頑丈なものではなく、丸太を並べてその上からコンクリートを塗りたくった簡易的なものだ。これでも炎は防げるだろう。
コンクリートの壁の後ろには簡易宿舎的な詰め所をずらっと構築した。簡易宿舎はモルタルを多少使っているが、ほとんど丸太で建築している。ベリサリウス曰く、本丸は重要ではなく、スピード重視で行けとのことだった。
「プロコピウス。分かってると思うが、脱出経路は広めにつくっておけ」
作業指示を出している俺に、ベリサリウスが注意点を伝えに来る。
「滞りなく、迅速に脱出できるよう作っておきます。経路の木を伐採しますか?」
「いや。そこまでしなくともよい。不自然に切り開かれていると、そこから侵入されるかもしれん」
「了解しました。彼らはまず南側以外から来ないとは思うんですが」
「そうだな。一応、北側以外にも脱出経路は作っておけ。万が一ここが囲まれるような動きを敵が行っていたら、攻囲される前に捨てる」
「了解しました!」
ベリサリウスの言う通り、囲まれれば非常に不利になるだろう。籠城戦となるわけだが、この陣地は南側から来る敵しか想定していない。北側から来られるとそれだけでエンドだ。
周囲に掘を作ればかなり改善されると思うんだけど。穴だけ掘ってみるか?
「ベリサリウス様。旧小鬼村の周囲に掘をつくりますか?」
「そうだな。時間が許すのなら作成してもよい。敵がいつ来るかによるな」
「了解しました。陣地構築が終わり、未だ時間的猶予があるのなら作成します」
「うむ」
彼の指令を受けると、俺達は黙々と陣地を構築していく。夜になる頃には、塹壕は掘り終わり柵が完成し、コンクリートの壁に取り掛かるまでになっている。ものすごい作業スピードに驚きを隠せない。
古代ローマが強かった一番の理由は工兵にあると思う。道を造成し、森を切り開き、陣地構築する。工兵はまた歩兵にもなる。
オークと犬耳族は人間より優れた工兵に成れる素質を秘めている。直接戦闘能力は人間に劣るけど、工事となると話は別だ。俺達は今回の戦いで彼らに戦闘をしてもらうことは想定していない。
リザードマンと猫耳族へ防衛任務を任せようと思っているが、彼らは実のところ歩兵向けではない。リザードマンはデイノニクスと意志を通わせることが出来るから、人より優れた騎兵になれるだろうし、猫耳族は持前の俊敏さと樹上生活可能な特性を生かし遊撃に向いている。
今後亜人の人口が増えてくれば、歩兵を担うのはオークと犬耳族になると思う。もちろん工兵兼歩兵だ。
日が暮れる頃に本日の作業は終了とし、全員で食事をとる。食料は充分にあるのでみんな腹いっぱい食べることができるのはありがたい。
食料に不安が無いことを一番喜んでるのは、オーク達。彼らは食べることさえ安定するならば喜んで協力してくれる働き者だったんだよ。最初は動かない奴らとマッスルブを見て疑っていたが、逆の意味で驚かされたものだ。
俺は食事中のベリサリウスへ本日の進捗報告をすることにした。
「ベリサリウス様。この分ですとあと二日程度で簡易住宅まで概ね完成しそうな勢いです」
「うむ。彼らはローマ兵より作業が速いな。彼らに賞賛の念を禁じえない」
ベリサリウスは手放しにオークと犬耳族を褒める。実際彼らの工事を見るのは今回が初めてだから、相当驚いているようだよ。俺は彼らの舗装工事を見ていたから、人間では考えられない速度で工事を行うことは知っていた。
知っていたんだけど、改めて見るとやはり驚愕するよなあ。
ベリサリウスの声が聞こえてるのだろう。マッスルブらの耳をそばだてながらも笑顔な浮かべているのを見ていると微笑ましくなってくる。亜人たちは得てして純朴、朴訥という表現がふさわしい。人間達だとこれほど牧歌的な雰囲気にはならないんだろうなあ。
ベリサリウスは宮中で人間の悪意に晒され没落した経験がある。こういう裏表ない連中と一緒にローマを発展させていくことは、彼にとっても幸福なんじゃないだろうか。
「ふうん。あと二日で終わるんだ。君はここを離れてもいいのかい? ピウス?」
突然エルラインが俺達へ割り込んできた。俺はベリサリウスへ礼をすると彼はエルラインと話していいと返してくれたので、俺はエルラインへと口を開く。
「そうだな。作業指示はマッスルブから出してもらえば、俺が此処を離れるのは問題ないけど。どうしたんだ?」
「せっかくだし、人間の街へ行ってみる?」
「行くのはいいんだけど。そうなると全てエル頼りになるが……」
「僕がちゃんとベリサリウスへ遠隔通話するかとか心配してるのかい? 大丈夫さ。なんなら帰りは転移魔術でここまで送ってあげようか?」
これには俺だけでなく、ベリサリウスも目を見開いた。転移魔術ってあれか、エルがローマへ来た時のワープだよな? あれで俺を含めて転移させれるのか。
「そ、それは。俺も一緒に送れるのか。凄まじい魔法だな」
「魔法じゃなくて魔術なんだけどね……まあ、初めて僕の凄さを分かったみたいだね。今まで何度も飛龍を呼び出してるじゃないか」
「そういえば、そうだったな……」
「ただ準備がいるからね。明日一日は待って欲しい」
「ベリサリウス様。いかがいたしましょう。私とエルラインで人間の街に偵察へ行きましょうか?」
ベリサリウスは莞爾と笑い、「面白そうだ。行ってこい」と俺の肩を叩いた。エルラインを信じ切って大丈夫かなあ。いや、これまでもベリサリウスは人の裏を疑うことをしなかった。
ここに来てから彼はまさに言葉通り受け取り、裏表なく生きて来たんだ。俺も同じようにしよう。裏は疑わない。信じる。馬鹿みたいだけど、それが俺達の信念だ!
「ベリサリウス様。明日の昼までにマッスルブへ全て指示を出しておきます。これからエリスさんへ、飛龍を此処へ送るようローマへ伝えてもらいます。それでよろしいでしょうか?」
「うむ。私が行きたいくらいだが、今は我慢しよう。行ってくるがいいプロコピウス」
「了解しました!」
こうして俺はパルミラ聖王国の街へ観光じゃない、偵察に行くことになった。
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