第47話 ベルセルク!

 勝負? いきなり勝負とはどういうことだ?


「すまねえ。プロコピウスさん。この娘どうしてもって聞かなくて......」


 俺は突然手合わせしたいとか言う、ぶっとんだ少女を一瞥すると口を開く。


「ガイア、一体何があったんだ? この子何?」


「ずっとつきまとわれてしまってな。約束の日まで......」


「それはそれで......なんというかお疲れ」


「来るか来ないか、かなり迷ったんだぜ。来ても迷惑かけるからな。ただ、最初の会合だろ?」


「ああ、言いたいことは分かる」


 電話がある社会ならストーカーにつきまとわれてるとか随時連絡出来るが、連絡手段が無いとそうはいかない。

 ガイア達にしてみれば、俺の依頼は俺とガイア達にとって初の仕事だ。もし来ないとなると、俺は彼らを見限り二度と仕事は来ないと考えたと思う。


 俺が街に出て彼らは信用ならない奴らだと吹聴する事はないが、彼らなりに冒険者として仕事に誇りを持ってるんだろう。その狭間にあって、この子を連れてここへ来たって訳か。

 これが数度目の依頼なら、ガイア達が来なくても何かあったんだろうと思えるけど、初回だしな。

 ストーカーは来たが、俺は逆にガイア達に今後も依頼しても良いと思えた。それだけは収穫だな。


 で、件のぺったんな少女だが一応少しは分別があるのか、俺とガイアの話が終わるのを待っている。

 俺とガイアの状況確認が終わらないうちに、戦い以外空気を読めない我がボスが抑揚に口を開く。


「ほう、手合わせとな。誰とだ? プロコピウスとでもやるか?」


 待って、ベリサリウス! 何で俺?

 ベリサリウスの声にぺったん少女は、俺を一瞥し頭を下げた後、ベリサリウスに向き直る。


「プロコピウス殿は確かに実力者と分かりましたが、貴殿の方が上と見受けました。出来れば貴殿と手合わせ願いたい」


「ほう、プロコピウスの実力も分かるのか。その上で私とやりたいと! これは愉快、私はお主が気に入ったぞ!」


 ベリサリウスは莞爾(かんじ)と笑い、ぺったん少女を上から下まで眺めた後続ける。


「だが、私は年端もいかぬ少女と試合うのは本懐では無い」


「私はサイクロプスを討伐した貴殿と手合わせ願いたいのです」


 うーん、ぺったん少女は割に必死だな。しかし、ベリサリウスは女の子と戦うだろうか? ましてや、少女となんか。


「あの子幾つくらいなんだ?」


 俺は彼女の胸をチラリと見ながらガイアに問う。


「さあなあ。でもまあ十六とかそこらじゃないか? でもあれでも、あの子トリプルクラウンの冒険者なんだぜ」


「トリプルクラウンって、冒険者のランクか?」


「ああ、最高ランクだぜ。ほんの一握りの冒険者しかトリプルクラウンの称号は与えられない。彼女は龍殺しドラゴンバスターだからな」


「あの子がなあ」


すると話を聞いていたぺったん少女が、顔を少し赤くして俺たちに怒声をあげる。


「あの子など子供扱いしないでいただきたい」


「でもなあ」


 俺はガイアと目を合わせ、少女の未発達なあれを見る。


「む、胸の事などどうでもいいでは無いか! そ、そのうち大きくなる」


 本当にこの子、龍殺しドラゴンバスターとか大層なものなのか? ただの何処にでもいる少女に見えるけど......

 凛とした顔立ちに茶色の長い髪をアップにした、胸が残念な少女。胸を覆う革鎧に、藍色のスカート。スカートをガードする革の段平。背中には不釣り合いな大きさの両手斧を背負っている。

 両手斧だけ見ると強そうだけど。


「まあよい。それほど手合わせしたいと言うなら相手になろうではないか。それなりの理由もあるのだろう?」


 ベリサリウスは少し困ったように、少女に向けて言い放つ。


「ありがとうございます。私はドラゴンバスター戦士団のリベールです。お見知りおきを」


 ぺったん少女――リベールはベリサリウスに一礼する。


「私はローマのベリサリウス」


 ベリサリウスも一礼すると、リベールは背中の両手斧を抜き放ち正眼に構える。

 対するベリサリウスが抜いたのは、短いダガーだった。


 これを見たリベールは少し不快そうな顔をするが、構わずベリサリウスに踏み込む。


 振り下ろされた両手斧をベリサリウスは上半身を逸らすだけで躱し、それを読んでいたリベールは勢いをつけて一回転するとさらに斧を振り下ろす。

 とにかくスピードが速くて俺の目ではなかなか追いきれないが、二撃目を躱したベリサリウスは、息もつかせぬリベールの攻防をダガーを使わず凌いで行く。


「ふむ。ただの少女ではないと思っていたが、なかなかやるではないか」


 ベリサリウスが愉快そうにカカカと笑う間にも、リベールの斧は絶え間なく彼を攻撃する。


「驚きました。私がここまで遊ばれるなんて......貴方に武器さえ使わす事が出来ないとは。感服致しました」


 リベールはベリサリウスから離れ、彼に賛辞を送る。


「リベール、お主の腕ではプロコピウスが良かろう」


 待て! 初撃で真っ二つになるから! 俺に振るな! ほんと勘弁して欲しい。


「魔法を使わせていただいても? ベリサリウス殿もどうぞお使い下さい」


 リベールは悔しがるどころか少し嬉しそうな表情だ。この戦闘狂達め。

 魔法か。どんな事が出来るんだろう?


「リベール、私は魔法が使えぬ。全力で来るがいい」


「ベリサリウス殿、私は魔法が苦手です。唯一つの魔法しか使えません。貴方の実力の底を私は見たい」


「楽しみだ」


 ベリサリウスは莞爾(かんじ)と笑うと、そのままリベールを待つ。


「ベルセルク!」


 リベールの身体が淡い緑の光で包まれる。


「ベルセルクだと!」


 これに驚いたのはガイアだ。


「どんな魔法なんだ?」


 俺の問いにガイアは肩を竦めて応じる。


「ベルセルクは身体能力を強化するが、発動してる間ずっと魔力を消費する。効率が悪い身体強化魔法なんだぜ」


「その通り、しかし私はこれしか使えない。だから、兵士にもなれなかった」


 ガイアの言葉に達観した顔でリベールは独白する。


「しかしこの魔法しか使えないからこそ極める事ができた。見せよう」


 リベールの身体を包む淡い緑の光が、武器まで覆う。


「ほう」


 感心した様にベリサリウスは呟き、背中のバスタードソードを抜き放つ。

 彼女はベリサリウスに剣を抜かせたのだ。


「参る!」


 み、見えないほど速い踏み込みだ!

 リベールは残像が残る程のスピードでベリサリウスに迫る。


 次の瞬間、リベールは両手斧を振り下ろしていた。俺には斧の残像がいくつも見えるが、ベリサリウスに斧が当たった様子は無い。

 しかしベリサリウスは先ほどと違い、剣を使いリベールの斧をさばいている。人間はあれ程の速さでは動けない。リベールの反応速度と身体能力は人を凌駕している。


 ベリサリウスは人間のまま、その速度についていっているのだ!


 何故か?


 恐らく、彼はリベールの動きを予測し攻撃を凌いでいる。あれ程激しい連続攻撃を一体どうやって読み取ってるのか俺には全くわからない。


 暫くリベールの攻撃が続いたが、彼女からベリサリウスの元を離れる。


「ベリサリウス殿。まさかここまでとは。感服いたしました」


 リベールを包んでいた緑の光が霧散し、彼女はべリサリスに謝辞を述べる。


「お主、中々の腕だったぞ」


 ベリサリウスも満足そうにリベールに応じるのだった。


 さて、どういうことか聞くか......ガイア達に人間の街の様子も聞かないと。

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