第42話 蚕
「この光沢......カチュア少し触っていいか?」
「う、うん」
俺はカチュアの着ている白い貫頭衣の裾――太ももの辺りに触れる。触られたことが恥ずかしいのか、少し頬を赤らめるカチュアに悪いと思いながらも手触りを確かめる。
これは、このスベスベした手触りに独特の光沢......これは、
――絹だ。
「この繊維は絹か?」
「そうだ。私たちの着ている服は絹で出来ている」
緑の髪のパオラが俺の問いに答えてくれた。
「ダークエルフの村にも絹があったんですね」
ティモタが少し驚き呟く。
「絹って確か、蚕って虫から取れる繊維だよな。俺達にも育てれるのかな?」
「出来ないことはないだろうが、蚕の状態が良くない時に水の精霊術が使えないと、難しいかもしれんな」
思案顔でパオラ。
「水か......エリスが水の精霊術を使えたはずだな」
「あたしも使えるよ。あたしは水と月が使えるの」
カチュアが手をあげて、元気よく左右に振る。なるほど、彼女も水の精霊術を使えるのか。
「パオラ、蚕をダークエルフの村からおすそ分けしてもらいたいんだけど」
「問題ない。すぐに風の精霊術で族長グランデルに伝えよう」
「ってことはパオラは風の精霊術を使えるのか?」
「ああ。私は風と火の精霊術が使える」
パオラは火と風か。カチュアが水と月。ティモタが火と土。エリスが水と風か。この四人で太陽以外は全ての精霊術が使える! すげえ。
といっても俺が知ってる精霊術は火消、体調調査、離れた位置での会話の三つだけどな。
「多分俺の考えとずれがないと思うんだけど、ティモタ、絹は人間の街では貴重品になるかな?」
「はい。絹は非常に高価です。生産元がエルフの村だけですから。エルフはご存知の通り外部と交流はしません。蚕は人間の街にはいませんので」
「なるほど。多分持ち出そうとした奴や、持って出たエルフはいたんだろうけど上手くいかなかったのかな」
「恐らくは......」
「絹は人間との交易に使えそうだ。もし蚕を育てることが出来たならだけど......」
「あたしやってみるよ! 分からないことがあったらパオラを通じてダークエルフに聞くからね!」
カチュアが「はいはいー」と手を振ってやってみると言ってくれた。
「しかし、何でダークエルフの村もカチュアとパオラもそこまで協力してくれるんだ? 俺の加護だけで、ここまでやってくれるとは思えないんだよ」
「君の太陽と月の加護、ベリサリウス殿の太陽の加護は確かに一つのきっかけだ。一番は君たちがつくろうとしているローマに夢を見たことだろうな」
パオラは協力してくれた理由を答えてくれる。ローマに夢を見たか。かつてない亜人達の協力の元建築されている街ローマは、いまや魔の森に住む亜人達の注目の的になっている。
きっとパオラがローマの街の様子を見てグランデルと話してくれたのだろう。ローマの奇跡を。この奇跡はダークエルフをして協力してやろうと思うほどだったのか。
ローマは蘇る。異世界に誕生しようとしている奇跡の街ローマは俺の知るローマのように亜人達の元ここへ蘇ろうとしている。
いずれローマはそれぞれの亜人の村、鉱山などの採掘場所とアスファルトの道路でつながれ、馬車が行き来するようになるだろう。
リザードマンの飼育するデイノニクスという騎乗竜が馬車を引ければいいな......いずれデイノニクスは見に行かないと......
ローマへ全ての道が至る。そしてローマではレンガ造りの家が立ち並び、露店では様々な物が売られているのだ。
――全ての道はローマへ続く
最終的にローマをそう呼ばせるまでに成長させたいな。
しかし、
――ローマは一日で成らず
だ。
「なるほど。ダークエルフもティモタもローマの未来に賭けてくれるんだな」
「これほど多くの種族が一丸になっている街を見て、心が動かぬ種族はいませんよ。人間は分かりませんが」
ティモタが珍しく熱く語ってくる。彼がここに来る前、凶悪な魔族と思ってた種族が、亜人と協力して街を造っていたんだものな。衝撃もひとしおだろう。
「カチュア。グランデルからの回答を待って蚕はハーピーか飛龍に取りに行かせる。大変だろうと思うけど、試行錯誤してみてくれないか?」
「うん。頑張る」
「俺もちょくちょく見に行くよ。絹を人間との取引に使えればいいなと思ってる」
「人間......」
カチュアはいい顔をしなかったが、俺はカチュアとパオラに人間が持つ家畜や農作物の話をする。魔の森は広大だけど、人間世界はもっと広いんだ。ここでは手に入らないものがたくさんあるだろう。
利用できるなら、利用したいんだ。俺の住む日本では、外国との貿易が無くてはならないものだった。何も魔の森だけで全てを完結させる必要はないだろうし、外との交流はきっとローマの発展に寄与する。
まあ、人間の出方次第だけどな。
「ピウス殿。貴殿の深い考え恐れ入った。物には罪はない。例え人間とであっても取引することは有用だと理解した」
人間はともかく、彼らの持つ資源は有用だと言うことはパオラとカチュアも理解してくれたようだ。
「そうですね。人間の持つ資源は有用でしょう。彼らは集団で農耕や生産を行ってますからその資源も膨大です」
元々人間の街に居たティモタの言葉は説得力がある。
「まあ、みんな懸念していることだけど、人間との交流が上手くいかなかった場合は交易はしない」
当然と言った風に三人は頷く。逆に戦争状態になるまで関係性が悪くなるなら、略奪で奪えるけどな。
しかし、こちらから攻めることはしたくない。聞いている限り人間との数の差が膨大だから、お互いの関係が冷え込み戦争になったとしても、落としどころは相互不干渉だろうな。
もし人間たちが攻めて来るなら、こちらの力を見せ厄介だから関わりたくないと思わせることが最良だろう。
「パオラとティモタにはまた何かあれば仕事をお願いするよ」
「そのことですが、ピウスさん。エルフとダークエルフ間の感情を一先ず置いておくなら、やれることがありますよ」
ティモタがちらりとパオラに目をやり、俺に提案を行う。パオラも思いつくことがあったのか、苦々しい顔をしたものの彼の言葉を待っている様子。
「どんなことができるんだ?」
「はい。風の精霊術で木を切り倒し、土の精霊術で整地が出来ます」
「おおおお! 資材の採掘からローマまで台車で資材を運んでいるんだけど、オーク達に頼んでも時間がかかるんだよな」
「手で行うより遥かに早い速度で実行できます。とはいえ私とパオラさんの気力次第ですが」
「ふん。私は倒れないさ。ティモタ。君の精霊力がすぐ尽きるんじゃないのか?」
ティモタの言葉にパオラが挑発的な態度をとる。ま、待ってくれ。争うな! といっても言われたティモタは涼しい顔だったけど。
「待ってくれ。話が分からない。精霊術を行使するには精霊力ってのがいるのか?」
「はい。そうです」
冷静なティモタが俺に応えてくれた。精霊術を行使するためには精霊力が必要らしく、寝れば回復するらしいけど人によって精霊力の量が違うらしい。
「まあともかく、道はいずれ造るつもりなんだ。舗装も行う。しかしだな、まだ付近にはモンスターが蔓延っているんだ。工事中に邪魔されると面倒だよ」
「なるほど。時が来れば申し付けてください」
「それなら、ピウス殿。私の風の精霊術で索敵をしようか?」
パオラが得意げに俺に目を向けた。
「風の精霊術でモンスターの位置が分かるのか?」
「ああ。大型のものなら、歩いて半日程度の範囲でしたら索敵できるぞ」
「パオラ、それならベリサリウス様とエリスと協力し動いてもらおうか。ベリサリウス様には明日話をする」
「了解した」
「あ、エリスというのは君と同じダークエルフだ。風の精霊術を使える」
「エリスか。知っている。久しく会ってないが」
まあ、上手くやってくれるなら問題ないだろ。今のエリスはベリサリウスが言うことならなんでも聞くから、パオラと協調しろと言われれば何が何でもやるだろう。奴はそんな女だ。
「じゃあ、ティモタは暫く俺と行動を共にしてくれ」
「分かりました」
最初の雰囲気からは想像できないくらい場の空気は良くなった。今ではお互いにいけ好かないものの会話を交わすまでになっている。少しづつ良くなっていけばいいなあ。
これで来る予定の人材とは全て会話を交わすことが出来た。街造り、外敵の排除共に明日から本格化していくだろう。えいえいおーだ。
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