第17話 オーガ戦

「一体何を悩んでいるのか分からないけど、言ってみなさい!」


「いえ」


「いいから言えって言ってんのよ!」


 エリスの勢いに負け、俺はポツポツと自分がいかに無力なのか話をしてしまった。あー言ってしまった。ベリサリウスに伝わらなきゃいいけど。

 俺の愚痴を聞いてエリスはひっくり返らんばかりに驚き、目を見開いた。


「あなた何言ってるの? あなたほどベリサリウス様の役に立つ人はいないでしょう。ここへ来てたった数日だけど、目覚ましい働きをしてるの自覚してる?」


「顔が近いですって」


「うるさい! ヒュドラも倒した、たった一日でハーピー娘とリザードマンの心を掴んだ。豚の相手は、まあどうでもいいわ。きっと今日だって小鬼村の職人の心を掴んだんでしょう」


 心を掴むなんてそんな、でもティンもロロロも俺に良くしてくれる。これは事実だ。今日もティン曰く職人たちは俺に親しみを感じたそうだ。しかしこれってベリサリウスが慕われているからこそじゃないのか?


「それはベリサリウス様のお陰では?」


「全く、あなたもたいがいね。私も人のことは言えないことは自覚してるわ。ハッキリ言うと、ダークエルフの私が人間であるあなたと、普通に会話してることを疑問に思いなさいよ!」


 そんなこと言われても、ダークエルフがどんな種族とか俺に分かるわけないだろ!


「あ! 会話で思い出しました! エリスさん。オークには雄しかいないんですって。知ってました?」


「知るわけないわよ! ダークエルフは基本排他的な種族なのよ。小鬼村に来ている私は比較的ましだけど、それでも他の亜人に心を開くことはほとんどないわ」


「エリスさん、他の人たちともうまくやってるように見えますけどね」


「それは表面上よ。心から気を許してるのは、ベリサリウス様と数人だけ」


「そうだったんですか!」


「恥ずかしいから一度だけしか言わないわよ。あなたもその一人に入ってるわ! 私たち亜人が共通して嫌う人間のあなたがね! たった数日で私が心を開くなんて、あなたの才能じゃないのこれ?」


 亜人たちは人間を嫌う? どこかでそんなことを聞いた記憶が。はて?


「えええ。ベリサリウス様の好み聞いてこいって初対面で」


「うるさい! 私から見たら、あなたはベリサリウス様ほどじゃもちろんないけれど、凡百にはとてもじゃないけど見えないわ。それだけよ! この私が言うんだから!」


「わ、分かりました。顔近いですって」


「分かればいいのよ。全く。で、オークって雄しかいないの?」


 ほんと切り替え早いなこの人。でも嫌いじゃない。こういうさっぱりとした性格は。


「そうらしいですよ。ですのでベリサリウス様がオークの村へ行っても女性はいません」


「ベリサリウス様がオークに惹かれるとは思わないけど。まあ、情報ありがとう」


 それが、それが惹かれるんだよ! 「ご婦人」とか言ってたの忘れたのかエリス? ま、まあ、あれ以来恋路について相談されてないし、自分から話を振ることも無い。

 エリスよ、強く生きろ。


「エリスさん、一つ教えてください。人間って亜人たちに何をしたんです?」


「ああ、あなたはベリサリウス様と同じ異界から来たんだったわね。人間たちは私たちを魔の森より北側へ押しやったのよ」


「そうでした! 村長から聞いていたのをすっかり忘れていましたよ......よくベリサリウス様がこの村でやっていけましたね」


「ベリサリウス様! ああ、あの人は特別なの。勇壮で精悍!」


 駄目だ。トリップモードに入ってしまった。暫く待っていると彼女は真顔に戻り一言、


「あ、明日は私も行くから」


 エリスはその言葉を最後に奥へ引っ込んでいったのだった。

 エリスが来るってことは彼女の精霊術を見ることができるのかな? 楽しみだ。俺が安全な位置に居ればもっと楽しめるんだけど......



 この日はエリスに励ましを受け、陰鬱とした気分が晴れてから就寝できた。エリス、ありがとう。面と向かっては言えないけど感謝してる。

 寝るまでにベリサリウスが帰宅したので、一応の報告も行っておいた。俺からの報告は実のある話じゃなかったけどね。職人と会って会話しただけだもの。



◇◇◇◇◇



 いよいよオーガ殲滅作戦が始まる。俺たちは日が昇る頃には準備を終え、オーガ達の拠点「開けた土地」へと進軍を開始する。軍団はリザードマンの戦士百を中心に、小鬼の戦士二十ほどと数名の他種族の亜人で構成されている。

 ベリサリウスの指示により、小鬼族は主に補給と武具の修理を担当することになった。彼は種族を兵科と見ていて、それぞれの適正でどの位置へ配置するか決めたそうだ。

 ベリサリウスが率いるのは、大きな盾を構えたリザードマン四十とエリスだ。残りのリザードマンは伏兵として最初は控える。それ以外の亜人種は遊撃部隊だ。足の遅いオーガ達をベリサリウスの元へ誘引する役目を担う。


 俺はティンとロロロと共に空から戦いの行方を見守りベリサリウスへ報告する伝令役になる。戦闘しなくていいが、ベリサリウスの次に重要な役目を任されてしまった......

 俺が遊撃部隊をきちんと見なければ、ベリサリウスの元へ上手くオーガは集まらないだろうから。



――いよいよオーガの誘引がはじまる

 ワーキャット、ワーウルフという猫耳と犬耳の亜人たち数名がオーガを集め始め、ある程度まとまった数になるとベリサリウスの元へオーガを導く。オーガ達は目の前に群がったリザードマンという餌に飛びつき、襲い掛かる。

 いよいよ戦いがはじまったのだ!


 しかし、オーガ達の幾人かは突然生えて来た土の蔦に足を絡めとられる。恐らくこれはエリスの精霊術だ! 

 これを待っていたかのようにベリサリウスが矢を放つ!


 一射、二射、三射と適格にオーガの頭を射抜いていくベリサリウス。さすがの弓の制度に驚嘆とため息しかでない。


 オーガ達は数が多く、エリスの土の精霊術を乗り越えてくるものも多数いた。オーガたちはリザードマンへ向け大きなこん棒を振りぬくが、彼らが構えた盾にはじかれるのだった。

 オーガとリザードマンだと力の差がかなりあると聞いていたが、見事防いでいるじゃないか!


 そう思った俺であったが、なんとリザードマン達は三人で一つの盾を構えていたのだった。力を合わせることで、オーガのこん棒を防ぎきって見せたのだ!

 なるほど、大きな盾はこんな意味があったんだなあ。そして、小鬼の職人によって飛龍の鱗が張り付けられた盾は強固で、オーガのこん棒を幾度防いでも割れることはなかった。


 そこへ、リザードマンの伏兵が襲い掛かる! 射程距離まで近寄った彼らは後ろからオーガに向けて弓を放つのだった。

 こういった連携で、オーガ達を次々殲滅していく。もちろん、オーガの数が多すぎないように調整して誘導しているから、対応しきれない事態に陥ってはいない。


「思ったより上手くいっているな」


 俺がティンに問うと、


「さすが、ベリサリウス様です! こんな戦い方があったなんて」


 ティンはさっきから興奮しきりで、「すごい! すごい!」を連発している。俺だってここまで一方的にオーガを叩けるなんて思っていなかった。

 知性ある相手と違い、オーガは何度でもノコノコ遊撃部隊を追いかけて来る。それを待っていたベリサリウスらが叩き潰していくのだ。


 戦いの後半になると、オーガ達を発見するほうが困難になってきて、空から捜索できる俺たちは割に活躍することができた。俺たちだってノンビリ空から眺めているだけじゃないんだ......

 飛龍を目印に、木に登るのが得意なワーキャットが位置を確認して、長距離走が得意なワーウルフがオーガの元へ走るといった連携が後半行われていたのだ。


 オーガ達は集落が二キロ四方で、集落から五キロ四方に餌を求めて広がっていた。なので、ベリサリウス達からの距離は最大で六キロほど離れている計算になる。

 オーガ達の足が遅かったが、結局殲滅と言える状態になるまでたった四時間で完了してしまった。

 オーガがもう少し密集していたら、もっとはやく打ち滅ぼすことができたに違いない。あれほど亜人たちが苦渋を飲まされていたオーガたちは、半日もかからず殲滅されたのであった。

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