七章
第41話
■7
町はそれほど田舎と呼ばれはしないだろうが、都会とはかけ離れた簡素さを持っていた。
例えば主要な商店の並ぶ通りの多くは広い車道となっており、歩道に関しては人がふたりも並べるかどうかというところであり、反対にそこから少し奥まれば、すぐさま一般的な二車線の道路は消え、幅だけが車二台分という、舗装も古めかしいものへと変わるのだ。
そして、そうした住宅街とシャッター通りの中間という、民家と商店がまばらに入り組む、煌びやかさのない夕暮れの通りを、自転車通学をギリギリの距離で許可されない女子中学生が、律儀にそれを守ってひとりで歩いていたとしてもなんの不思議もない、という程度である。
まして彼女が近道をしようとさらに奥まった細道へ入り込み、廃工場の影に隠れたとしても誰も気にかけないだろうし、その拍子に柄の悪い三人の男とぶつかったとしても、そもそも周辺には、それらを発見できるような通行人の姿などなかった。
そうして少女は胸ぐらを掴まれ、引きずられ、男たちに取り囲まれる形で工場の壁に押し付けられることになった。
向かいに見えるのはあえなくシャッターを下ろした商店の、色褪せた黄緑色の壁面であり、全く役に立つことはないだろう。細道は三人も並べば完全に埋まってしまうほどのもので、男たちにはうってつけと言えたかもしれない。彼らはよく見れば近くの高校の制服を着ており、隠れて煙草を吸うための場所を探していたに違いない程度のものだったが、それでも少女に対抗できるものではなかった。
「てめえ、何ぶつかってんだよ。おい?」
「煙草落としちまっただろ。どうしてくれんだよ」
「すみません、よく見ていなくて……」
「謝りゃいいと思ってんのか!」
「すみません……でも、他には何も」
「こんなの器物損壊だろ。わかんだろ、おい」
謝り続ける少女と、それを代わる代わる非難する男たちの会話は、男たちの言葉に背伸びした無理のあるものを感じさせながらも、ある意味で実にわかりやすいものではあった。彼らはわざわざそうした芝居じみたことを挟み、なけなしの大義名分を手に入れながら、明らかに金品を要求していた。
少女が怯えたのはそうした古典的な手法でも、限りない愚かしさについてでもなく、紛れもなく彼らがちらつかせる暴力に対するものだ。悲鳴を上げれば逆上されるのは目に見えていたし、そうでなくてもこうした恐怖に晒されるのは初めてのことで、喉が震えて止まらなかったのである。ただ、素直に金品を差し出すこともできなかったのは、徒歩通学である上、購買にも縁がない彼女にとって、物理的に不可能であるためだった。
それを素直に告げればどうなってしまうのかを、彼女は考えなければならなかった。震えて黙する間に相手は激昂の色を強めており、何も言わずとも、今にも胸ぐらを掴む手を引き寄せ、残る腕を反対に突き出してくるのではと思えてしまう。
「なんとか言えよ」と掴む手に力を込めてくる男の奥で、不愉快で不吉を暗示させる黒々とした複数のカラスの鳴き声がするのを、少女は妙に強く意識してしまった。しかし、まさかそうして意識を逸らしたためというわけではないだろうが……次の瞬間には、空を悠々と飛び回る憎らしいカラスの声ではなく、地を這う人間の声が聞こえてきた。
「手を……離してやれ。嫌がってるだろ」
少女も、男たちも、同時に声の方を向いた。少女が歩いてきたのと同じ方向である。そこにいたのは、少女と同じ中学校を示す男子学生服を着た、少年だった。
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