おやすみ勇者

花井ユーキ

第1話 おはよう勇者 1

「おはよう。起きたの」

 目を覚ましたヨカナンの視野に入ってきたのは裸の女性だった。すぐそばで同じ毛布をかけていた。


「…っおい」

 ヨカナンは瞬発的にベッドから落ちるようにおりた。そして自分が裸だということに気づいて、床に落ちていた下着で慌てて股間を隠す。

 焦るヨカナンの目の先で、毛布を体にかけた半裸の女が目で戸惑いを投げかけてくる。とにかく彼は挙動不審だった。冷静さを取り戻そうとする息遣いが彼女にはよくわかる。こちらに目を向けたまま部屋のあちこちを横目で見ている。悪い夢でもみたのだろうか。

「ヨカナン、どうしたの?

ヨカナン、なんか慌ててる?」

 部屋の壁に背中をくっつけ、股間を隠しながら、じっと女を見ている男性には微塵の隙もなかった。

 しかし、慌てていた。目が覚めたら女が半裸で隣に寝ていたのだ。身に覚えがない分、慌てない方が難しい。

「お、、おい、あんた誰だ。なんで俺と寝ている?売女か?」

「わ、私に向かって売女って、ふざけてる?!」

「俺の質問に答えろ。ここはどこだ、おまえはだれだ」

「…え?」

 何度も見てきた本気の表情に、一瞬女の首筋の裏あたりが冷たくなった。なんとなくわかった。

 ヨカナンは記憶喪失だ、演劇や物語でよく聞くセリフだと思った。少し違う気もするが。

「あの、ここは王都キングストン。

 私は、シエラ、シェラザード。覚えてないの…?」

「そうか。…俺の名前はなんだ、答えろ。あとお前と俺の関係だ」

 ヨカナンはちっとも気を緩めようとはしない。股間を隠す手に力が入る。

「名前も憶えてないのね、ヨカナン。ヨカナンよ、あなたの名前はヨカナン。私はあなたの…そう、婚約者。今年には式を挙げたいと昨日話したわ」

「…」

「私を殺し屋か何かと思ってる?それともなに、あなたを利用しようと企む悪女だとか」

「…」

 シエラにとってはやはりショックだった。自分の愛する男が自分のことを覚えていない。

 言いようがない不安が裸体にさぶいぼを立たせた。ひどく寒く感じる。服を着たい。

「認めたくないし、言いたくもないけど。ヨカナン、あなたは記憶喪失なのよ」

「…きおくそうしゅつってなんだ?」

 ヨカナンならあり得る。もとから知らないのだろう。

「あなたでもわかるようにやさしく教えてあげるわ。

 私も詳しく知らないけど、ある日突然、人の記憶がなくなる事があるらしいの。その度合いはまちまちで、治るのも早ければ遅かったりもするらしいわ」

「俺がそうなのか。どうすればいい?

 あと、今すこし馬鹿にした?」

「さあ、それは私が知りたい」

「…」

「売女とかは覚えてたのね」

 ヨカナンは初めて視線を落とし、少しうなだれた。


 

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