序章

IRON SKIN

 僕が剣を振るえば、君はそれに応ず。その過程のたびに、行き場のないエネルギーは音や光に転じ、虚空に溶解していく。

 空にはくろがねの巨人がふたつ。誰にも邪魔をされない洋上にあって、僕は十数度目かの君との再会を喜んでいた。

 押され気味の僕は剣を弾き、君に銃口を向ける。その発射の直前、君は距離を詰めながら下腕部のシールドを無駄のない動作で展開する。それは回転の運動で、銃弾を脇にはじき飛ばす。炸裂しない実弾装備であれば、これだけで傷ひとつ付くことはない。

 君は八双に構え、スラスターを更にふかす。そしてその針路を、まっすぐ僕の心臓に定めた。

 特殊金属を用いて鍛造で作られた実体剣は、射撃装備が巨人に対する有効打たりえない以上重要だった。僕が搭乗する七十型に限らず、これを装甲で受けられる巨人は見たことがない。剣を持ち直した僕は、真っ向からそれを受けた。

 巨人の筋力は動力部が生み出すトルクで決まる。であれば人が長剣を抱くより軽々とそれを扱えるのは自明だろう。繰り返される剣戟は、目で追うことはほぼ不可能だ。刃と刃がぶつかる衝撃をたどることでのみ、僕は君を知ることができた。

 君がウエストバイアの兵士であることは機体とエンブレムを見ればわかるが、それ以上のことは何も知らない。

 ウエストバイアの主力量産機であるブルが持つ防御装備は、適切に用いれば剣の一撃を跳ね返すことが可能だ。その点で僕は大きな不利を背負うこととなる。だが君がこの剣の応酬でそれを用いたことは一度もない。それは敵兵である君を信用する所以のひとつでもあった。

 スラスターで間合いを操り、急所をめがけ剣を振るう。空の巨人の多くは、腹部にある動力装置の周りの装甲が比較的脆い。そのためそこに突きが入った瞬間に戦いは終わる。動力部の水素炉はあまりに大きなエネルギーを生み出しているため、それが破壊されれば爆発は免れないだろう。それは互いの死を意味していた。何のことはない。敵国の兵士がひとり、哨戒中に未帰還となっただけのことだ。

 剣を受け、はじき返した隙に左腕部の機銃を撃つ。君は流れるような回避行動の先に新たな攻撃を繰り出す。身のこなしと移動を全く別の場所で行う巨人だからこその戦い方だった。

 僕は堅実に受け、相手の隙を見計らって剣を振るう。そうでなければ君のような手練れには太刀打ちできないのだ。

 君は巨人を操るのがうまい。僕のいる連隊にも、これほどとなると二人といないのではないか。だからいつも僕が劣勢だった。滑らかな動きから繰り出される鋭利な一撃。明確な隙に見えても、次の瞬間にはそこをカバーできる身のこなし。防御から攻撃に鮮やかに転ずる様は巨人の性能を十二分に発揮しているといってもよかった。僕はいつも君の動きに圧倒され、そして魅了されていた。君がどう思っているかはわからなかったが、僕がこの海域にいると多くは逢うことができた。

 領海の境はいつも緊張が走っている。だからこそ交代で周囲を哨戒する任務が与えられているのだが、君も同様だろう。

 だがそのようなことは、はじめからどうでもよいことであった。君の太刀筋は更に厳しさを増して襲いかかる。僕はそれに負けないように、一手でも先んずることができるよう応手を返す。

 当初、僕の剣はすごく単調だった。通常の作戦であれば、ほとんどの場合銃撃で事が済む。実体剣など使う場面は対艦戦や巨人同士の格闘に絞られる。海峡守備隊はその機会が他よりも多いが、それでも明確な戦争状態でない以上これに慣れていないのは当然と言えた。

 巨人が出せるトルクには上限があり、その上限の差によって格闘戦の性能は決まる。僕の駆る巨人はそれに長けており、君のそれよりも強い。だが君は高い技量により鍔迫り合いに勝ってくるのだ。はじき返された剣を必死に持ち直して、僕は次に繰り出される致命の一撃を受ける。

 だから僕はいつも、死と隣り合わせだった。

 でも僕には、ひとつだけ君に優る点があった。それは攻撃を流すことだ。演舞のように優美に攻めと守りを繰り返す君の動きを止めるためには、君の意図しない方向から力を加えるほかない。そして僕にはそれができた。だからこそ僕はこうして生きて、君との逢瀬を楽しむことができているのだ。

 動力部を貫かんと放たれる突きに、僕は少しだけ重心をずらす。そうして寸前まで自らの動力部のあった場所に、剣の軌跡を置いた。刃を構成する特殊合金は、それ同士であれば切断に耐えうる。だが高価でかつ重いため、装甲に用いられることはない。であればこそ、巨人に対し最も有効な装備となりうるのだ。

 まっすぐに突き刺さんとする明確な殺意は、その刃の壁に阻まれ目的を達することはない。その衝突地点を少しだけずらすことにより、思い通りの切り返しを許さず反撃に転ずる。僕が君に対して取れるただひとつの優位だった。

 だがそれもこの頃怪しくなってきた。そもそもウエストバイアの実体剣であれば、さほど勢いがなくとも動力部を切断できるだろう。君が深く踏み込みさえしなければ、受け流されてバランスが崩れることはない。重心をこちらに向けすぎず手先だけで対応できる範囲にすることで、僕の勝機を厳しく摘み取っていく。

 どうにもならない場合は、敵機に激突し狙いをそらす。交戦は隠したいが、ある程度の傷ならごまかせる。操作ミスによる不時着とでも言っておけば、深くは追求されないだろう。それよりも、今は目の前の方が重要だった。

 狙い澄ました一振り。僕は姿勢制御の全てをもって急所を外す。その勢いで海面まで追い詰められた僕に対し、君は更に速度を上げ距離を詰めていく。僕の背には海がある。水中で巨人はその半分の出力も出すことはできない。海中に没すればもはや浮き上がってくるだけで精一杯だろう。そうなれば君の背に装着された大型機銃で撃ち抜かれることは明白だった。だから全開までスラスターをふかして上空で斬り結ぶしかない。手数は無理やり生み出すことができる。僕は君に殺されないよう、また君を殺すために巨人を駆り剣を振るうのだ。

 君はやはり強く、どうしても僕の劣勢が揺らぐことはない。 だから僕はもうそろそろ負けるかもしれない。

 あと何回、このひとときを過ごすことができるだろうか。いや、そうではない。僕は剣を強く握り、いま一度君を見つめた。

 不意に君の動きが止まる。拍子抜けをした僕の刃が空を切り裂く。

 君は給弾を止めた機銃で、空砲を一発だけ放つ。それは終わりの合図だった。刻限が来たのか、それとも何か別の任務があるのか。ともかく君は一筋の光を描き、海原へと消えていく。この海域には小島がいくつかあるほかは、水面より高い場所はない。だからこそ僕はフェイスカメラの精度の限りに、君を見送ることにしたのだ。

 反力装置を自動に切り替え、仰向けで海面に横たわる。君の消えた西の空を見るでもなく見ていると、涼やかな喪失感に包まれる。また君に会える保証がない以上、基地に戻る時刻までこうしてたゆたっていたかった。

 帰還した僕は、任務により数日ほど国境方面を離れることを知った。紹介任務の割り振りが変わり、もしかしたらあの時間はもうないかもしれない。だが僕は、ひとつの期待を胸に再びこの海を見た。今度こそ。

 この日僕は訓練ののち自由飛行を許されていた。海域にある小島は無人島だが一応はこちらの領土であるため、着陸することもできる。だが国境としては非常に曖昧で、これが原因でウエストバイアと交戦になることも少なくない。両国とも明確な戦争状態になることは望まないが、招かれざる訪問者は徹底的に排除してきた。そのため海峡は二国間の交戦によって死者が出る唯一の場所となっている。

 海上で僕は、君を待っていた。今日こそは君を殺すことができる。僕には自信があった。

 内地で師に教えを乞うた。バイール戦争からの古参兵であり、おそらくはキロムで最も実力のある搭乗員だ。戦後、防衛のための消極的な軍備が進む中で、彼はどこまでも血に飢え、戦いを楽しむ術を知っていた。彼の言葉によって、僕はこの気持ちをまっすぐ操縦桿に乗せることを覚えた。敵の攻撃を見切る術も、正確に巨人を動かす術も、まずはそこからだった。

 小島の周囲を飛行しながら、僕は君を待っていた。だが、日が高くなっても機影が現れることはなかった。索敵装置は等間隔で同心円を描き続けるのみで、僕もまた瞼を閉ざしはじめていた。

 僕が次に目を開けたのは、警告音によってだった。敵影はふたつ。どちらもウエストバイアかと思ったが、様子がおかしい。彼らは交戦しているようだった。

 ついにこの海域にまで現れたか。これが僕の本音だった。識別によれば、交戦しているうちの一機はジェラールの兵だ。十六年前に成立した新興国であり、その軍事力を盾に領地を拡大してきた侵略者。ここまでであれば、ジェラールのある南方の国境ではよく見る光景だろう。だがレーダーで機影を見た僕にはひとつの確信があった。

 君が戦っている。であれば、することはひとつしかなかった。

 島からそう遠くは離れていない海上に二機はあった。戦況はどう見ても君の劣勢だが、見慣れない機影だった。ジェラールは新型を出してきたらしい。情報がきていないということは試作機だろうか。ともかくその機体は見るからに鈍重で、全身に火力を搭載している。こういった類の巨人は、熟達した兵士が乗った場合に手がつけられなくなる。君は連装機銃をかろうじてシールドで受けるも、その勢いだけは殺すことができず後退する。そこから詰め寄っても、敵は間合いを生かした槍術を得意とするため全く近寄れない。君の戦い方は常に攻撃全体の一割のダメージを受ける。それにより持っている勢いを回避で失うことなく、攻撃を繰り出すものだ。だからこのように一撃が重く隙がない相手には、分が悪いといわざるを得ない。思案しながら僕は、すでに突撃を敢行していた。

 槍は距離さえ詰めれば剣撃を受けることができない。いくらジェラールの新型といっても柄まで特殊金属でできていることは考えにくいため、そこを切断すれば勝機は大いにあると言える。

 だがこの機銃の弾幕はあまりに厚かった。おそらく腹に命中したら数発で穴が開くだろう。巨人の出力を限界まで上げているからこそ、このような武器が搭載できるのだ。

 二対一であれば、どうにか活路が見出せるかもしれない。シールドを持つ君が攻撃を受けている間に僕が詰め寄る。槍術であっても僕の技は通用するかは不明だが、今はやるしかなかった。

 まずは一回目。回転の力で攻撃を跳ね返すウエストバイアのシールドには基本的に劣化というものがない。だがスラスターを全開にした巨人を後退させるほどの機銃の威力は、猶予の少なさを意味していた。剣を構え側面から突撃し、機銃を持っている腕を狙い斬りかかる。その寸前、発砲をやめ敵は槍を構えた。致命の一撃はまっすぐに僕の動力部に向かってきた。そのあまりの速さに、僕は回避しか選択できなかった。横に流したため、まだ間合いは保っている。だが君の到着を待つ間まで耐えることはできそうにない。次の機会を探すため、一旦鍔迫り合いを誘った。

 剣先と穂先がぶつかる。やはり敵の巨人は出力も桁違いだった。明らかにこちらが押されている。槍は長く、返しが付いているため安易に柄を狙うことはできない。君は敵の動力部めがけ突き進み、その剣を突き刺そうとし、僕はその槍が動かないよう懸命に力を入れた。

 君がそこに到達する半秒前だろうか。敵は僕の腹部に蹴りを入れ強引に突き放してきた。そして突撃してくる君に対し真っ向から突き入れんと構える。僕はギリギリで反応できたため、即座に君の方へ向かった。君は機銃で応戦するも硬い装甲に跳ね返され届かない。

 僕はその穂先だけは君に届かせまいと距離を詰めた。敵は軽くあしらうように槍を振るうと君を見据え直す。

 もはや一気に押し切るしかない。二回目をする時が来たようだ。フェイスカメラによる目視で同意を求めずとも、君はすでにそのつもりだっただろう。

 君は動力部にあえて隙を作り下方向へ誘導する。敵も優秀な搭乗員であれば、即座に撃ってくるはずだ。果たして機銃はシールドに跳ね返された。僕はすでに上方を取っており、この一振りで全てが終わる。君は機銃を受けながら、出力の全てを持って前進する。それに気圧された敵は、一瞬だけ攻撃の手を止めた。背後からの敵に気がついたのもあるだろう。僕はそれを見て、突撃をやめなかった。その剣が振り下ろされるより前に穂先が動力部に届いたとしても、僕は切り捨てるつもりだ。

 心残りはあった。殺されるのは、君にだと信じていたからだ。僕は最後の一振りをあびせるため、目を見開いて操縦桿を引き絞った。

 穂先が向かってくる。その動きがやけに遅く感じられるのは、僕の体が死を受け容れているからなのだろうか。であればと、僕は右腕以外を脱力させ目を閉じることにした。

 直後に舞い降りた衝撃は、動力部からの熱ではなかった。のけぞった敵の巨人が穂先をあらぬ方向に向けぶつかってきたのだ。君が背中から斬ったのだろう。僕は爆発に備えて大きく距離を取った。

 だが君は、まだ剣を構えていた。その姿勢は明らかに動揺している。見るとその剣は、半ばから先が失われていたのだ。

 君は、無防備だった。半端な攻撃を横に流すだけのシールドでは、真正面からの打撃はそのまま機体に届く。僕は離れた分の距離を取り戻すために出力を全開にして向かった。それでも敵は君を押して離れていく。君は折れた剣を携え、堅牢無比な鎧の隙間を探した。動力部にはそれがない。一撃で仕留めることが不可能だと察した君は、一気に後退し距離を取った。

 僕は君がすることがわかった。だからそれを止めなければならない。せめて敵の気を散らそうとフェイスカメラめがけ機銃を放つ。敵はこの瞬間、僕が自分のいる場所にたどり着けないことを知っていた。だから左手で軽くあしらうと、肩すかしを食らっていた姿勢を整え直した。

 この瞬間に、君は仕掛けた。関節など駆動部であれば、折れた剣でも突き刺さるだろう。対応する時間を与えられなかった敵は、それでも対峙する相手の動きを捉え槍を構えた。

 火花が二機を包む。それは僕の視界を一瞬だけ封じ、音のない空と海に吸い込まれていった。

 カメラが正常に作動しているのを確認した直後、どぼんという水音を聞いた。水面から見上げていた僕は、機影がひとつになっていることを知った。敵は左腕を失いながらも、傲然と立っていた。落下したのは君だった。爆発だけはしていないようだ。であればできる限り生きていることを考えたい、僕にはそう願うしかなかった。おそらくシステムはダウンしているため、酸素生成機が作動しているかどうかは非常に疑わしい。海上を移動する手前予備酸素は用意しているだろうが、それでもすぐに引き上げたかった。しかし状況は、それを許してくれないだろう。

 あれを倒さねばならない。倒さねば、僕は死ぬ。君も死ぬ。それはあってはならないことだ。どちらかが死ぬならばどちらかが生きなければならない。好敵手の存在はそうやって搭乗員を強くしていくのだ。

 君で勝てない相手を、僕が倒せるのか。先ほどまでであれば、否と即答しただろう。だが今は違う。敵が片腕を失っていることなど些細なことでしかない。倒せるのか、ではない。倒したという結果しか、許されないのだ。

 僕は敵と同じ高さまで浮上した。おそらく特殊合金でコーティングされたその鎧に刃は通らないだろう。それは君がその命をもって教えてくれたことだ。だが傷は付いていた。あの場所にもう一度斬撃を浴びせることができれば、また違った結果が得られることだろう。であればまずは機銃を散らして、そのコーティングを少しでもはがすことができれば。

 答えは不可だった。機銃程度ではその堅牢な装甲に傷ひとつつけることはできない。敵は機銃を海中に失っており、その点では不利が解消されているとも言えた。

 槍のひと突き。それ自体は以前に比べ精彩を欠いていた。だからこそ僕は動力部を寸分違わず狙うその攻撃に、ぴたりと合わせることができたのだ。槍を右方向に弾けば、左腕のない巨人の姿勢制御は困難を極めるだろう。敵はそれでも食らいついてきた。跳ね返そうと体を開く隙を生み出せば、あとはその右腕に狙いを定めるだけだった。

 関節もごく薄くではあるがコーティングされているようだ。だからその肘を切り落とす際に、過去傷ひとつつかなかった剣は真っ二つに折れた。持ち主を失ったその掌から槍がこぼれ落ちる。それを機敏に手に加えた僕は、退却しようと背を向けた敵に、一回二回と斬りつけた。

 すると堅牢な装甲の裂け目から柔らかな皮膚を露わにし、ばちばちと火花を散らせている。僕は蹴りを入れてから全開で距離を詰め、反転した敵に組み付いた。そのまま背中に腕を回し槍を突き入れると、拳で海中へと突き飛ばす。もちろん、君のいない場所を選んで。

 敵の末路など、確認するほどの価値も見いだせない。それよりもずっと大事なことが、今の僕には存在したからだ。幸いこの辺りには浅瀬があり、君はそこに落下したようだ。とはいえ、一刻も早く引き上げなければならない。

 記憶を頼りに浅瀬に潜ると、そこには下半身を失った巨人があった。持ち上げてみた感触ではまだ水を含んでいない。これは最悪の事態を免れているという証拠であった。

 腰から上だけと言ってもやはり海中で巨人を運ぶのは多大な負荷がかかる。機体を労うのは、君を無事に帰してからのことだ。

 無人島に着陸した巨人は、背の高い樹木が生える場所を探した。敵機がそう簡単に見つかっては国際問題になるだろう。休戦が解除されるおそれもある。幸いにもここには背の高い常緑樹の林があるため、その心配はなさそうだ。

 脚を失った巨人を横たわらせると、傷を確認した。どうやら撃墜に備えて気密扉を閉め、動力の一部を止めているようだ。巨人の戦闘能力はほぼないに等しいため、僕は機体を降りて様子を見ることにした。君の心臓を貫くための拳銃を、僕は忘れなかった。

 ハッチが開いた。メットを外し、その暑苦しさにひとつ首を振るう君はまぎれもなく十代の少女だった。僕が銃を構えても、君は気付かぬふりでハッチに腰をかけた。

「君が、あの巨人を」

 争いの絶えない世界にも、共通言語がある。こういう場合にそれは非常にありがたく、君はやや大きめの眼鏡を直すとちらと僕の方を向いた。

「なぜ、助けたの?」

「わからない。でも、今君が生きていてよかったって思うんだ。敵なのに、変だよね」

そういうと、君はくすりと笑った。

「変わった人」

「それで、これからどうするつもりだ」

 そうね。栗色の髪を海風になびかせ、君は思案顔をつくってみせた。

「できることなら、基地に戻りたくはない」

ねえあなた、私を連れていって。僕はその言葉の意味がわからず、銃を構えたまま問うた。

「どういうことだ」

「私が半年前からこの海域に現れるようになったのは、あなたも知っているでしょう。私はここが三つ目の任地だった。前の場所では命の保証なんか誰もしてくれなくて、命の価値なんてどこにもなかった。生まれも知らず巨人で人を殺すために育てられた私は、ただ死にたくなかった。死んだら私はただの兵器。生きてさえいればなにか見つかると思いたかった」

 そしてあなたと会ったとき、殺し合いに初めて意味を見いだせたの。そう言って微笑を浮かべる君は、諦念に沈んでいきそうだった。だが僕は、そんな君を美しいと思った。その感覚は初めて剣を取り君と交わった時と、同じものだった。

 僕は言うべきことを言おうかひとつ思案したあげく、銃を下ろすことにした。君はひょいと立ち上がり、僕に背を向ける。

「でもいいの。余計なこと言ってごめんなさい。救難信号を出すわ。ジェラールと交戦したことは事実だし、海上で浮遊していれば回収してくれるでしょう」

 彼女がそう言ってハッチから潜り込もうとするのを、僕は止めるべきだと思った。

「来たかったら、また来てくれ。その時は、僕も相応の用意をしてくる。代わりの巨人がもらえなかったとしても、何とか来てくれ。僕はこの海域で、きっと待ってる」

 僕はとっさに書いた紙切れを飛行機にして君に投げた。木々の隙間を塗って、紙切れは君の手に吸い込まれていく。それを開いた君は、数秒ほど目を通したのち火をつけた。灰に消えた合い言葉を胸に、君はひとつ微笑を浮かべる。その時レンズ越しの瞳は、何かを僕に言った。君は一瞬の静止ののち巨人に飛び乗ると、ハッチを閉じた。結論は決まったということだろう。

 僕は巨人を動かし、君を海上まで送り届けた。反力装置は生きているため、こうして回遊していれば問題ないだろう。

 僕は軋む機体に鞭を打ちながら、背中の向こうで離れていく君を想っていた。


用語

 キロム共和国……大陸西岸のベローナ島に位置する人口約一億一千万人の民主国家。国力が高く、ウエストバイアと外交的緊張状態にある。通貨はベイン。島中西部の首都グレイフォレストには本初子午線があり、北緯四十七度。

 ウエストバイア・エドワード公国……バイール地方西部に位置する人口約七千万人の君主国家。源流は十世紀を超える歴史を持つウエストバイア公エドワード家だが、先の大戦までバイール帝国に併合されていた。通貨はノール。首都はちょうど中央部にあるエドワード特別区。

 ジェラール民主国……大陸中央部に存在する人口約一億人の国家。元は小国だったが十六年前突如として侵略戦争を仕掛けた。産油国であり資産は豊富。物量戦を得意としており、兵士の待遇は悪くない。通貨はビル。首都は中西部の都市ジール。


 巨人……この世界の戦争の主力たる人型機動兵器。堅牢な装甲と長い航続距離を持つ。操縦に熟練を要するが、使いこなせば他の兵器を凌駕する性能を見せる。空戦型と陸戦型に大きく分けられ、装甲や速度などのカタログスペックが異なる。


 メサイア歴……グレゴリオ暦とほぼ同様だが、年が変わるのはグレゴリオ暦の春分にあたる時期。ひと月は三十日だが十二月のみが三十五日で、四年に一度三十六日になる。


傭兵……本来の意味のほか、民間軍事会社やその構成員のことも指す。



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