転生の竜はのんびり生きたい

れんどら

1. どうやら竜に転生しました

何か大きな気配を感じたらしく、木々に止まっていた鳥たちは一斉に飛び立ち、茂みに隠れていた動物達も所々へと逃げて行く。

そんな多種多様な生物が棲息する森の中をのんびりと進んで行く黒く光る大きな塊があった。

それは、漆黒の鱗で覆われていて、頭には2対の角、睨むだけでたちまちどんな生き物も逃げてしまいそうなほど強烈な威圧感を誇る双眸。

他にも何者をも寄せ付けない程の力を放つことの出来る尻尾や鋭い爪などを持っているそれ、この世界では一般に竜(ドラゴン)、と呼ばれるものである。

ある文献では災厄と呼ばれ、生態系の頂点にも君臨しているものの、殆どの人間がそれを見ることなく一生を終えることが多く、数も極端に少ないことから、伝説の生物と言われるそのドラゴンが今、この森でのんびりと闊歩しているのである。

だが、そのドラゴンすらも通常ではありえない特別な事情を抱えているのであった。



「ああ~……やっぱり狩りは慣れねえな」






突然だが、俺は元々人間だった。

それも、この世界とは全く違う、地球という名前の世界に住んでいて、そこではいくつかの国ではまだ戦争が蔓延っているものの、基本的には戦争なんてない平和な世界だった。

俺が住んでいた国、日本もその平和な国のうちの一つであった。

まだその世界に住んでいた俺は、ごく一般的な高校生として、普通な高校生活を送っていた……のだが、学校帰りにトラックに轢かれてそのまま死んでしまった。

そして、気付いたらこんな人間とはかけ離れた姿でこんな世界に居たというわけだ。

正直、初めのうちは何故こんなことになったのかは分からないけど、俺はすぐに神様からの贈り物だと解釈した。

生前の記憶を残したまま全く別の世界で別の生き物に生まれ変わるなんて、ロマンに満ち溢れた事が自分に起こったら、そりゃ男なら目を輝かせるってもんだろ?

まあ、そのせいか、この身体での生活にはだいぶ慣れた。

というか、せっかく生まれ変わったんだから、楽しまないと損でしょ?

しかも、2度にも渡って別の生物として生きるって原理が分からなくてもなかなか出来ない事だと思うんだよ。

ある意味、これは俺に対して人生の楽しみを神様が教えようとしてくれてるんだと思う。

なんなら、とことんまでやりたい事をやり尽くすのみ。

今度こそ、社会に囚われない生き方をしていくと決心したんだから。



しかし、俺だって元は人間、いきなり身体の勝手が変わって出来ないこともある。

未だに狩りの際の殺生に抵抗があるのと、生前無かった器官だったせいか、どれだけ翼を動かしても浮遊すら出来ないのはまだ慣れきってないところもあるんだけど。

そもそも、起きたら見たこともない場所で自分の身体が面影もない姿になってたら、そりゃ誰だって驚くわけよ?

人間だった時は焼くのが当たり前だった食べ物だって今では生で食べざるを得ないんだから、そりゃ生きていくうちに慣れるに決まってるよな。

まあそんなこんなで、この世界へと転生を果たしてから既に1ヶ月が経ったってわけで。



「さて、周りに何も居ないようだし……今のうちに食べるか」



辺りを見回してみても、どうやら周りには生物らしき生物は居ないようだ。

以前、そんなことも解さず獲物を丸ごと口に放り込む為に咥えていた獲物を空中へ放り投げるとそれを待ってたかのように大きな狼にその獲物を持っていかれることがあった。

ドラゴンには頬が無いので、食べるには投げた獲物をそのまま丸ごといただくか、地面に置いて貪りつくかのどっちかなわけだが、元々人間として日本で規則正しい生活をしていた俺からしたら、地面に落ちた食べ物を食べることにはかなりの嫌悪感があった。

まあ、土の上を走り回る獲物をそのまま食べるわけだから大差ないはずなのだが、そこは元人間なわけだし、気持ち的にも違いがある。

それに置いて食べるとなると、手が使えないから食い散らかしているように見えて、実に汚らしい。

食べにくさから食べ残しもでるだろうことも考えてってのもあるけど、やっぱり自分で狩った獲物を横取りされるのはイラッとするのなんのってね。

やっぱりこんな自然でもスリみたいなことをする奴らは居るんだなぁって実感したよ。

いや、俺が人間としては生きていた時はスリにあったことなんて無かったけどさ。



話しは逸れたが、流石に基本スペックが最強を誇るドラゴンである俺でも、突然狼が横から飛び出してくるという初めての体験に反応出来ずそのまま見逃してしまったのだが、もう同じ過ちは犯さないようにと、食事の際は警戒するようにしているのである。

食事の前は左右よし、と確認しないと迂闊に飛び込んできかねないしな。



「さて、いただきまーす」



俺はこなれた様子で獲物を空中へと放り投げると、器用にその大きく開かれた口でパクリと呑み込んだ。

そして、口の中にずっしりと並ぶ鋭い歯で、毛むくじゃらの獲物を噛み砕いていく。

血なまぐさい鉄の味───ではなく、言葉で表すことの出来ない芳醇な肉の香りが脳を支配した。

どうやら元が人間でも、舌は竜なのかと初めて食べた時は安心したものである。

流石に、人間の舌で生肉を喰うのは生命の存続に直結することだしな。

流石に胃は違うだろうけど、舌が違うだけでもかなり抵抗があっただろう。



「ふぅ……今日はもう、これでいいだろ」



俺は本日3匹目の生肉を平らげ少し腹が膨れたのを感じながら、自分の住処としている所に帰ろうとするとふと、何かの叫び声が聴こえたような気がした。



いや、気のせいも何も、転生者特有の遭遇フラグだろこれ。

というかあの声、どう考えても他の狂暴な動物か何かに襲われてるんじゃね?

少しだけ息を呑んだ。

いずれにせよ、確認はした方が良さそうだ。



俺は、その声の源泉へと足を動かすことにした。



この行動がきっかけで、俺の今後の生活が大きく変わることは、この時は知る由も無かった。

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