プレイヤー

@waritomu

第1話

 二継は困っていた。

 自分は部長に向いている人格ではないと常々思っていたし、それは三年最後の大会前の今になっても変わらない。それでもどうにか小野木中学バレーボール部をまとめられていたのは、大きな揉め事が起こらなかったからだ。

 例えば、今のような。

 練習終わりのミーティングで来週の予定などを伝えた後、何かある人はいますかと聞くと、一人が手を上げた。体育座りで二継を見ていた二十名全員が、手を上げたその部員を見た。誰もが挙手する人間がいた事に驚いていた。二継も驚いた。彼が部長になってから、毎度毎度の練習終わりに問いかけた質問だが、ちゃんと応答があったのはこれが初めてのことだったからだ。

 手を上げたのは2年の早藤だ。高い上背で誰にでも睨みつける様な視線を向ける男だ。見た目と態度で損をしてるけれど悪い奴じゃないですよ、とモリコウが評していたのを思い出す。今、早藤が二継に向ける睨みつける様な視線も、見た目だけであることを祈った。

「俺は、レギュラーから倉沢さんは外して欲しいと思ってます」

 二継が発言を促す前に、早藤ははっきりとした声で言った。部員がざわつく。それに構わず、早藤は続けた。

「倉沢さんのプレー、危ないっす。モリコウみたいなこと、もう嫌なんすよ」

 ぞんざいな言葉だったが、早藤の意図は伝わった。そしてモリコウという名前を聞いて、部員全員が口を閉ざし、ざわつきが直ぐに収まった。静寂に包まれた体育館は卒業式みたいだな、と二継は思った。

「どうなんすか」

 そんなのんびりしたことを考えている二継を急かす様に、早藤は言葉を続けた。その物言いと態度に、三年生部員の早藤へ送るの視線が厳しくなっていることに気が付く。こういう時に宥めて、うまくことを運ぶような言葉が出てこないから、部長なんて役回りが向いていないと思うのだ。

「分かった。考えておく」

 三年の早藤に向いていた怒りの視線が二継に向いて、思わず怯んだ。早藤の奴、よく堂々としてられるな。感嘆を覚えていると、話題の当人はどこ吹く風と言う様にボールをいじりまわしているのが眼に着いた。

「今日は解散! 一年は片付け!」

 二継は三年勢から不満が爆発する前に議題を切り上げることにした。自分でも情けないと思う。だけれども、ここで不満を爆発させることにも意味がない。言いたいことがあるやつは勝手に俺のところにくるだろう。そんないい加減なことを思いながら、二継は誰よりも早く体育館を後にした。


 初めての印象はコミュニケーションが取れない奴で、それは今でも当たっていたと思う。

 早藤に責め立てられた翌日の朝。朝礼が始まる五分前に三年三組の教室現れた倉沢を見て、二継はそんな風に思った。二継は倉沢が席に着く前に彼の元へ歩み寄る。

「クラ、ちょっとピンチだぞ、お前」

「何が」

 二継の言葉に倉沢が面倒臭そうに答えた。倉沢は二継の顔を見ることをも無く、席に着いた。

「何って、昨日の早藤だよ。お前さ、ほんとに試合出れなくなるかもよ」

 二継は倉沢の机に手を着いて、極力小さな声で言った。

「何で」

「そりゃお前、お前が怪我させて、モリコウが試合に出れなくなったからに決まってんだろ」

 心底不思議そうな顔で問いかける倉沢に、二継は苛立って答えた。

 バレーボールというのはひとつのボールを地面に落とさないことが何より重要なスポーツだ。 そのためには、硬い床に飛び込むことも、激しいスパイクを身体で受け止めることも当然の選択肢である。 当然の結果として、選手には怪我がつきものになるが、それを極力避けるために技術というものがあり、危険なプレーを戒めるルールがある。

 モリコウはバレーボール部の二年で、怪我をしないための基本的な技術もルールを遵守する真面目さもあった。 それでも一ヶ月前、この夏が絶望的だと宣告されるほどの怪我を負ったのは、ひとえに技術をおろそかにし、ルールなど最低限しか把握していないこの倉沢修二という男のせいなのだ。 普通に考えて、セッターが上げたボールをスパイクしようと飛び上がる前衛味方の後ろから、バックアタックを仕掛けようとするか?

 モリコウは、倉沢の突撃によってバランスを崩しておかしな姿勢で地面に激突した。傍目にも大事故で、大腿骨の骨折で即入院という判断が下された。

「俺が打てた。というか、気が付いたらボールを追って飛んでた」

 それほどのことをしておきながら、翌日平然としている倉沢を問い詰めると、この回答だ。反省する振りすら見せない。

「どうでもいいだろ」

 そして今日現在に至っても、この男は改心の素振りを見せない。

「なんでそんな風に言い切れるんだ。俺がクラをレギュラーから外すかもしれないだろ」

「しないよ」

 二継の言葉に、倉沢は即答した。眠そうに大きなあくびをしているが、はっきりとした意思の篭った言葉だ。

「俺を外したら、勝てない」

 そして倉沢は机に突っ伏して眠り始めた。会話の終わりを告げる一方的な態度だ。倉沢は何も言わずに自分の席に戻った。

 倉沢の言葉は真実で、二継には倉沢をレギュラーから外すつもりはなかった。 まともに指導者すら居ない公立中学のバレーボール部が地区大会を勝ち抜いて県大会に駒を進めたのは、ひとえにこの倉沢という男の存在のおかげだ。 入学時点で一七〇センチに届かんとする身長。獣の様にボールを追いかける姿は、一年生の頃から異色の存在感を見せつけていた。 三年生になった今でもその異色ぶりは衰えることなく、倉沢はエースの名を欲しいままとしている。誰が明言することなく、チームは完全に倉沢を活かすという方針で固まった。 その結果が、小野木中バレーボール部初の県大会出場だ。

 だが、それを苦々しく思う人間もいる。倉沢の没コミュニケーションな態度は入学当初からだが、それをエースとして調子に乗っていると感じる部員もいるのだ。 そんな部員を宥め、チームに不和を引き起こさないのも部長である二継の役目だった。

 あの野郎。早藤のことも俺が解決して当然と思ってるんだろう。

 二継は自分が倉沢に苛立っていることに気が付いた。

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