第五言:過言はあれど二言なし
「実はワシ、このジム畳もうと思ってるんだよね」オールドジムの支配人である「過言武士」こと過田減迫が、市中引き回されマシンに絶賛振り回され中の覆之介の耳に遠慮なく相談を投げかける。「なんかほら、毎日マッチョばっかり見てるの耐えらんなくて」
いつも言い過ぎる過田にしてはまともな相談であったが、理由が心底しょうもなかった。覆之介はマシンにめくるめくジャイアントスイングを喰らいながらも辛うじてその声を聴き取り、ただただ「知らんがな」と思った。
しかしマシンの回転が減速するにつれ、覆之介に冷静な思考回路が戻ってきた。この一帯にはここ以外トレーニングジムがないので、なくなったら困るのも事実だった。やがてマシンが「ガコン!」と明らかに問題のある音を響かせて停止した。たぶん今ので壊れたと思うが、それについてはあえて言わない。機械が古いのが悪いのだ。
「まあ気持ちはわかりますよ。俺もデブばっかり観るの嫌だから、相撲とか観ないし。でもこれからどうするんすか?」
「うん。とりあえずこの場所はあるから、何かしら茶屋的なものとかやりたいんだけど、なんかアイデアないかなぁと思ってさ。マッチョ茶屋以外で」
そんな茶屋は聞いたことがないが、どういうわけか相当マッチョを憎んでいるらしい。ジムのオーナーなのに。
「近ごろ流行りの猫茶屋とか、そういうやつですか?」
「そう。でもありがちじゃないやつ。できれば世界を変えるような」
油断するとこれだ。この人はついつい過言が発動してしまうのである。本人に悪気はないようだが、急にロックの歌詞みたいになってリアリティが消える。
「俺、思うんすけど、マッチョばっかり見てるのが嫌だからジム辞めるんですよね」
「うん。そう」
「だとしたら逆に、自分の見たいような人が集まる店にしたらいいんじゃないっすか? 結果から逆算したほうが」
「なるほど、一理あるね。首がもげるほどなるほど納得。良い哉、良い哉」
比喩がよくわからないがそれくらい頷いたと言いたいのだろう。ゲレンデがとけるほど恋したがっているのは、きっとこういう人だ。そうは言いつつ、本人の首は微動だにしていないのだが。
「じゃあ過田さんはどんな人が見たいですか? やっぱり美人とか?」
「どんな人ってのは別にないなぁ。まあしいて言えば、人が失敗するとこかな」
「性格悪いですね」
「そうかな。みんなそうじゃない?」
まあその感覚はわからないでもない。むしろそんな極悪な趣味を堂々と発表できるなんて、逆に爽やかな人なんじゃないかという気もしてくる。だがそうなると、ひとつ思いあたる節がある。覆之介は思いきって水を向けてみた。
「じゃあこのジムに古い機械ばっかり置いてるのって、もしかして壊れて人が失敗するのを見たいからだったりして」
過田の目が明らかに宙を彷徨った。わかりやすい人だ。そういえば先ほどのマシン急停止のおかげで、覆之介は首が痛い。
「そこはほら、察してよ」
過田にしては珍しく解答にモザイクを掛けた。察したくなどなかったが覆之介はつい察してしまった。解答に察するほどの深味がなかったからだ。
世の中には知らないほうがいいこともある。このジムで機械が壊れたことにより、大怪我をした武士を覆之介は何人も知っていた。とりあえずこのジムを早めに畳ませることだけが、今の覆之介にできることだった。そのためには、次に経営する茶屋のアイデアをまとめなければならない。
「人が失敗するところを見たい」そんな不純な動機で経営されている茶屋が、かつて世の中にあっただろうか。それはもしかすると過田の言うとおり、世界を変えるような茶屋であるのかもしれない。もちろん、悪い方向に。
そして結局、なんとなくのなりゆきで話が進み、過田は「ドッキリ茶屋」を経営する意志を固めたのであった。店内には各所に落とし穴が設置され、床は転びやすい段差まみれの逆バリアフリー設計、飲食メニューは激辛か激熱しか選択肢がなく、食器類はすべて壊れやすく滑りやすくできているという、見事に統一感のあるコンセプトが出来あがった。
覆之介も途中からは悪ノリだったのだが、思いがけずアイデアが次々と採用されて困惑。最終的にはさすがにやめておいたほうがいいんじゃないかと、「二言武士」得意の前言撤回を繰り出したものの、「人が失敗するところを見たい」という過田の決意はもはや揺るがなかった。
この男、いちいち言うことが「過言」ではあるのだが、覆之介と違って古いタイプの武士であるがゆえに「二言」など一切あり得ないのだった。
これはむしろ、オールドジムよりも怪我人が続出するかもしれないな。覆之介はそんな罪悪感をうっすらと感じながら帰路、今度いやな奴に会ったら、来たるべき過田の茶屋を必ず紹介してやろうと心に決めたのであった。それがきっと「Win-Winの関係」というやつだから。
二言武士 吟遊蜆 @tmykinoue
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