第二言:シェフの気まぐれ団子
刀剣ショップにて注文購入した刀を即座に「バールのようなもの」へと交換してもらい、その「バールのようなもの」でそこらじゅうの水道を破壊し尽くした挙げ句、やっぱり飽きたのでまた刀と替えてもらった覆之介は、結局その刀が気に入らずまたもや刀剣ショップへと赴き、再び取り戻した「バールのようなもの」を手に町を練り歩いていた。
この侍、「二言」どころではない。「武士に二言はない」という定説が、単なるファンタジーであることを証明するためだけに生きているような男である。
とはいえネットショップの台頭により販売競争が激化している昨今、刀剣注文者は購入後一週間の「お試し期間」内であれば、たいていのショップでは何度でも商品交換が可能なのである。ちなみに覆之介は購入時、プラス500円を支払ってショップ独自の延長保証にも入っているため、一年間は修理も交換もし放題であった。中には血のついた刀を手に平気で交換を申し出てくる猛者もあるというから、あるいはまだマシなほうかもしれない。
それにしても町中の蛇口を破壊するというのは案外疲れるもので、追い立ててくる民衆から解放された(実際には解放されたわけではなく、覆之介本人を問い詰めても埒が明かぬことを悟った町民らは城へ直訴に向かっている)覆之介は、ちょっと休憩したくなり馴染みの団子屋を訪れた。
覆之介は先ほどさんざんあちこちの水道を壊しまくったが、念のためこの店の蛇口だけは壊さないでおいた。壊すと言いながら場合によっては壊さなかったりするのも、「二言武士」の真骨頂である。
「あら覆さん、しゃいらつ~!」
格子戸を開けた瞬間、この店の看板娘である壱子の妙な歓迎の挨拶が飛んでくるのはいつものことだがいっこうに慣れない。なぜならばこの娘は芸能人でもなんでもないくせに妙な業界用語の使い手だからであって、「しゃいらつ~」というのはどうも「いらっしゃい」を業界用語風に逆転させて練り上げた挨拶のつもりらしい。
ゆえに覆之介はこの壱子が苦手であったが、反面それは「好き」の裏返しなのかもしれないと思わないこともない。特に団子が旨いわけでもないのに、毎度懲りずにこの店へと辿りついてしまうのが何よりの証拠である。
覆之介はお座敷席にあがると、壱子にみたらし団子を二本言いつけたが三十秒後にはまたすぐ壱子を呼んで一本を草団子に替え、さらに二十秒後に再度壱子を呼び戻すと二本とも「シェフの気まぐれ団子」にしてくれと言った。
結果、しばらくすると覆之介のもとに「たせおま~!」という壱子の声に乗ってなんの変哲もない二本のみたらし団子が届けられたが、これは最初に注文した「みたらし団子二本」ではけっしてない。これは過度なシェフの気まぐれにより、結果論的にたまたま「みたらし団子二本」になったというだけであって、あくまでも名目上は「シェフの気まぐれ団子二本」であるので、客は「注文が違う!」と今さら文句を言うことはできない約束になっている。
そんなことはメニューにも店のどこにも書いていないし誰にも聴いたことがないが、守らねばならない約束というものが世の中にはある。
客が客なら店も店である。むしろこういった世知辛い社会のほうこそが、覆之介のような「二言武士」を育てている、と言おうと思えば言える。言うのやめとこ、と思えば言えない。
そして自分が何を注文して何に替えた末に何が届いたかなど、そんな自らが起こした面倒な経緯などもはやすっかり忘れ、覆之介は少年のような目をして目の前の団子にパクついていた。そういう目をしたほうが、女にモテるとティーン向け雑誌でたしかに読んだことがあるからである。
しかし看板娘の壱子のほうはと言えば、そんな少年の眼球をいやらしく演じる覆之介にはもはや目もくれず、客の目も構わぬ奔放な態度でお座敷の隅に寝転びながら、少年のような目をした妻子持ちミュージシャンがバンギャに手を出して偉い目に遭っている女性週刊誌の不倫記事を貪るように読んでいた。
「御免!」
しかしそんな壱子が読書を中断せざるを得なかったのは、岡っ引きの集団がそう言って店内へドドドと押し寄せてきたからであった。六人の岡っ引きは、土足のままお座敷へ上がると真っすぐに覆之介のもとへ行き、それを取り囲んだ。
無論、覆之介には身に覚えがありありの有田みかんである。
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