二言武士

吟遊蜆

第一言:バールのようなもの

「武士に二言はない」とよく言われるが覆之介は二言あるタイプの武士だった。


 覆之介は今日、刀剣ショップへ注文しておいた刀を受け取りにいった。しかし実物を見てみたらその刀はカタログの写真と全然違って、なんかフォルムが思ったほどじゃなかったので、店頭にあったいまストリートで流行りの「バールのようなもの」と交換してもらうことにした。こちらはすこぶるいい感じだけど正しい振りまわしかたがわからない。


 刀剣ショップからの帰り道、覆之介が「バールのようなもの」を自慢気に振りまわしながら歩いていたら、民家からおばはんが駆け出してきて水道の修理を頼まれた。「バールのようなもの」をあまりにも見せびらかしているから声を掛けてきたのだろう。おばはんは風呂の水が止まらなくなって難儀しているらしい。

 どうにもおばはんの押しが強いので覆之介は「任しとけ」と安請け合いしてしまい、「バールのようなもの」で風呂の蛇口付近をいろいろと叩いたりつまんだりねじったりしてみたが、全然止まらないので「やっぱ無理!」と言い残してその場をあとにした。できないことをできない人がいくらやってもしょうがないのだ。


 ちょうどそのころ、おばはん宅の隣の団子屋で新人ブラックバイトの不始末から火の手が上がり、あやうく大火事になりかけたがその止まらない水のおかげでシームレスなバケツリレーが可能となり、被害は最小限に食い止められた。

 覆之介は「バールのようなもの」を差し棒代わりに振りまわして消火活動を取り仕切ってるっぽい感じを出してみたが、これは別に「バールのようなもの」でなくても定規でも指でもなんでも良かったし、そもそも彼の存在自体なんの役にも立たなかった。


 自分がまったく消火活動に貢献していないことを自覚していた覆之介は、ここで「あえて隣家の水道を直さなかった自分の凄さ、もっと言えば先見の明」を周囲にアピールしていきたいと考えた結果、手に持っていた「バールのようなもの」で各家の水道を叩き壊しながら、「まもなく隣の家が燃えるから。そしたらこれが役に立つから」と吹聴してまわることにした。


 そして「バールのようなもの」をすっかり使いこなした感のある覆之介は、早くも「バールのようなもの」に飽きてしまったのだった。彼は一帯の水道を壊し尽くすと再び刀剣ショップへと走り、「バールのようなもの」を返品すると、やっぱり最初に注文していた刀と取り替えてもらうことにした。


 無論その日、他に火事など起こらなかった。水道を壊された住民たちが刀剣ショップから出てきた覆之介を取り囲み、直せ直せと詰め寄った。覆之介はいつもの調子で、「はいはいやっとくやっとく」と安易に請け負った。


 しかしやがて住民らが具体的な条件面を詰めにかかると、最初からやる気など皆無だった覆之介は急に面倒になり、「基本的には部下に任せる」と言っていもしない部下の話を持ち出したり、腹の前の空間を丸くさすりながら「嫁がこれで」と、やはりいもしない胎児といもしない嫁を理由に断ろうとするなどした。

 それでも住民たちがしつこく食い下がると、覆之介は実にマイペースに業を煮やし、今さっき新しく手に入れた刀を抜いて大上段に振りかざしては、この俺が持っているのは最初からこの刀であって水道を破壊することのできる「バールのようなもの」など見たことも聞いたこともないし、ましてこの刀では水道を修理することなどできるはずがないではないかと嘯いた。


 今さら信じられないすっとぼけを聞かされた住民らは、「こいつじゃ話にならねえ」といよいよ賢明な判断を下し、殿様に直接陳情するため城へと向かったため、覆之介はすっかり解放された気分になり、我が新刀を改めてじっくり吟味してみることにした。


 しかしカタログの写真ですっかりハードルの上がりきっていたその新刀は、実物を間近に見れば見るほどやっぱり気に入らないところばかりが目についてダサく感じられ、覆之介は懐からスマホを取り出してアマゾンにアクセスすると、その検索窓に「バールのようなもの 最新」と入力したのだった。

 だが表示された一覧に「バールのようなもの」という商品名はひとつもなく、どれもこれも「のようなもの」ではない厳然たる「バール」ばかり。そのように断定的な名称を持つものは、まるで二言のない旧態依然とした武士のようでちっとも格好よくないと思った覆之介は、いま一度「バールのようなもの」を取り戻すため刀剣ショップへと向かうかどうか、心地よく迷っているところだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る