器の気持ち/陶芸修行記
もりを
プロローグ
「作家は、茶碗いっこの中にみずからの世界観をうたい込まねばならんのじゃっ」
老境の陶芸家は背をまるめ、ショボショボと重そうなまぶたの奥にのぞく灰色のひとみを、キランと光らせた。雨がそぼ降っている。登り窯から出たての器たちが、チンチンと音を立てている。陶芸家の視線は、たなごころに抱え込んだひとつの器に据えられている。怖じ気づきたくなるような内圧みなぎる凝視。自作の抹茶碗を切っ先するどいまなざしで解剖しつつ、陶芸家は言った。
「ひとつの宇宙をつくるのじゃっ」
ガチャン、と割った。次の器を手に取る。
宇宙をつくる、か。ふーむ・・・よくわからない。でも、強い言葉だ。声はか細くかすれているが、血液が走って見える言葉。この人物はそんな言葉を吐く。
出会ってすぐに、オレはまじないにかかるように、この陶芸家の人間性を全的に信頼するようになった。また生きざまにあこがれるようにもなった。そしてついに、彼の言うことを盲目的に神聖視し、従うようにまでなってしまった。いつしか彼の言葉は、道深くに分け入ろうとする新米陶芸家・・・つまりオレの、心細い足もとを照らす道しるべとなっていった。
神様は、ときにひとの運命にいたずらをして面白がる。神様の手のひらからこぼれ落ちたサイコロは、気まぐれな軌道をころがって、オレと、この水木しげる似の老陶芸家に劇的な接点をもたせた。修行生活は、こうした幸運な偶然からはじまった。
「陶芸修行」なんて、自分が費やした日々を大げさに呼ぶのはおこがましい気もするが、その濃密な日々はたくさんの財産をもたらしてくれた。美大を出、美術教師をし、マンガ家という創作活動をしていたとはいえ、陶芸に関してはド素人も同然だったこのオレが、一年間という短い月日とたくさんの出会いをへて、どんなふうに変化していったのか。また、陶芸の知識と技術、それに作陶そのものの持つ意味とを、どう腹にとりこんで消化していったのか。これからそんなことを書かせてもらおうと思う。その結果、一人前の陶芸家になれました・・・などとはとても恥ずかしくて言えない。いまだ道なかばではある。が、どうしても残しておかなければならない言葉もある。興味半分にでも聞いてもらえればありがたい。どうか、この半可者の生意気な書き散らかしに、少しだけおつき合いを。
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