四話 子供の気持ちは分かる
俺は華子に向かって話を続ける。
この子の気持ちは俺にも分かると伝えたかった。
「俺って、なにをやっても兄貴に勝てない奴なんだよ。勉強も、運動も、モテも。母さんはいっつも俺を兄貴と比較した。『行道はもっといい点取ってた』とか言ってね。それがすごくイヤだった」
「ふーん」
華子は興味なさそうな相づちを言う。
俺はへこたれそうになったけど、どうにか頑張る。
「小学六年の時、思い切って母さんに訴えたんだ。『兄貴と比べるな!』ってね。でも母さんには通じなかった。あの人、マイペースすぎるんだよね」
「ああ、私に会いにきた時も一方的にしゃべり倒してたわ」
その時のことを思い出したのか、うんざりという顔をした。
「その時、俺は悲しくなったんだ。足元の地面が崩れ落ちたみたいなかんじ」
「……ふーん」
「親に気持ちが通じないと、子供はどうしようもなく悲しくなるんだよ」
「……それはあくまで快人のケースよね?」
「う、うーん……」
そう言われるとそうかもしれないけど……。
でも、華子も同じだと思うんだよね。
「……で、結局、快人の気持ちはお母さんに通じないままなの?」
「ううん、後になって母さんは分かってくれた。……兄貴が母さんに説明してくれたんだよ。かなり粘り強く」
俺は苦笑いした。
華子がちょっと意地悪げな調子で言う。
「兄貴にコンプレックス持ってるのに、その兄貴に助けてもらったんだ? 立つ瀬がないわね」
「そう……。その頃の俺は兄貴を嫌ってたけど、もう反発するのはやめたよ。この人には勝てないやって白旗」
俺が手旗を振る真似をすると華子は微笑んだ。
「いかにも情けない童貞らしいわ」
「ま、まぁね……」
悪態をつくけど華子の口調は優しげ。その後、ため息をつく。
「快人の家族はヌルいから分かってもらえたのよ。私の母の場合はムリね。ホント、ロクでもない人なんだから」
「……でも、分かってほしいんでしょ? 華子がどんなに心配してるかって、ちゃんと伝えたいんだ」
途端に華子はムッとした顔になる。
「……私は、あんな女なんて大嫌いだから」
素直じゃないよなぁ……。なんとかこの子の本音を引き出したいんだけど。
「華子って、実加子さんをヘコませたいから結婚詐欺の話をでっち上げようとしてるんだよね?」
「……いいえ、結婚詐欺はホントにあるわ。私はそう、確信してるの」
「まだそんなこと言ってるの?」
さすがにちょっとイラってきた。
すると華子が焦ったような顔になる。
「分かった、分かったわよ。正直に言うわ」
「うん」
華子がひと呼吸置いてから言う。
「ホントはあの女をヘコませるのが目的なの。彼氏ができて浮かれまくってるあいつがウザくって仕方ないから、どん底まで叩き落としてやろうって思ったのよ」
「でもさ、それもウソっぽいんだよ」
確かにデートの夕食の時に似たようなことを言っていた。『ざまぁみろ!』って
あの時は、うわ~、これが本音かよ! ってドン引いたものだ。
けど、今となってはこの話も信じる気になれない。
華子がキツい視線を向けてきた。
「あんた、童貞のくせに女の本音なんてものを分かる気でいるの?」
「いや、子供の本音は分かるから。病室であんだけ取り乱したのも、実加子さんのことを想ってのことでしょ? 実加子さんが兄貴に裏切られるって本気で心配してるんだよ」
なのに実加子さんは『お前は黙ってろ』なんて言う。子供からしたら泣きたくもなるよ。
華子は口をへの字にして黙り込んでいる。
俺は続けて言う。
「正式に結婚する前に二人を別れさせたら傷は浅くて済むよね? それが華子のホントの目的なんじゃないの?」
華子はなにも答えようとしない。
俺の想像は間違っていた? 俺なりに真剣に考えてそう思ったんだけど……。
とにかく思っていることを全部言ってみよう。
「一回ちゃんと話し合ってみなよ。華子がどんだけ実加子さんのことを心配してるか、まずはちゃんと伝えないと」
「……快人の分際で、私に命令するの?」
華子が切れ味抜群の和包丁みたいな目でにらんでくる。
「い、いや……命令ってわけじゃ……。アドバイス? 的な?」
どうしても強く言えない俺って奴。
華子はじーっと俺を見つめ続けた。俺はどんどん焦ってくる。
「い、いや……ムリにっていうか……でも、できれば……ちょっとお話とかしてみたらーって……」
「ふーん、ちょっとお話ねぇ……」
「あ、うん……どう……どうかな?」
どこまでも卑屈になる俺。
華子が大げさにため息をつく。
「やれやれ仕方ないわね。そこまで頼み込むんならちょっと話をしてやってもいいわよ」
「ホント?」
「その代わり」
華子が顔を近付けてくる。急接近に高鳴る俺の胸。
息がかかりそうな距離で華子は止まった。
そしてちょっとだけ上目遣いをしてささやく。
「私が泣いたこと、誰にも言っちゃダメよ?」
「え、うん……」
「快人の前だから、泣いたんだしね」
そう言って、何度かまばたきをする。
「……うん、分かってるよ、華子」
「そう、つまりその程度には快人のことを……」
「俺みたいな童貞相手だと、多少の恥は見られてもどうってことないんでしょ? 女子にとって童貞は石ころみたいなもんだもんね」
がしっと華子が俺の肩を掴む。結構痛い。
「快人、あんたねぇ……」
「え? え?」
このまま喉元を食いちぎられる?
俺を見る華子の目は餓狼みたいだった。
「あんたがどうしようもない童貞なのはよく知ってるけど、こんな時くらいは女心を察しなさいよ!」
「お、女心? だ、だから女子にとって童貞は石ころ……」
華子が歯ぎしりの音で俺の言葉を遮る。
なんで? いっつも女子は童貞の目なんて気にしてないよ? そのくせパンチラとか見たのがバレるとキツく罵ってくるけどね!
華子が深いため息と共に俺を解放してくれる。顔を離してからキツめの視線を向けてきた。
「はいはい、そうですよ。私にとって快人ごとき童貞なんて石ころ同然ですよ。泣いてるとこ見られても、ぜーんぜん平気ですよーだ」
「やっぱそうだよね。……はぁ、ヘコむ」
「あんたが言ったんじゃない!」
傷心の俺に向かって怒鳴る華子。
いや、分かってても、好きな女子に石ころ宣言されたらヘコむよ。
華子が口の中でぶつくさ言いながら立ち上がる。
いつの間にか雨は止んでいた。
まだまだ雨雲ばかりの空を見上げる華子。拳を勢いよく突き上げて大声を出した。
「よし! とにかくあの女をぎゃふんと言わせてやるぞ!」
「ぎゃふん? ぎゃふんなの?」
早くもイヤな予感がするんだけど。
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