第14話 春風再び 2

 三月の末、風花と樹はK市の植物園に行くことになった。

 待ち合わせはいつもの駅、これはいわゆるデエトである。

 風花がロータリーの本屋の前まで来てみると、樹は既に来ていて風花を見つけると軽くうなづいた。

 少し伸びた前髪がさらさらと額にかかり、眼鏡のふちが微かに光る。そろそろ少年の域を脱しようとする異性の姿に、風花の胸は大きく一つ鼓動を打った。

「コ、コンニチハ」

「こんにちわ」

 樹はいつもの黒いコートを着ていない。

 それだから風花は彼の私服姿を久しぶりに見た。ほとんど黒に近い紺のパンツと、ジャケット。インナーは薄いグレイのシャツ。

 モノトーンのせいで、ただでさえ背が高いのがますます強調されて見える。

「待ってた?」

「風花を待っていたかったから」

「あ……そ」

 今日の風花は髪を下ろし、膝までの青いタータン模様のプリーツスカートに、お気に入りの白いフェイクファー付き、もこもこセーター。彼女もコートは羽織っていない。

 昨日からめきめきと春らしくなってきたせいで、行き交う人たちもほとんど身軽な服装だ。

「意外と時間に正確なほうなんだ」

「意外とは失礼だよ。私、時間は守るほうだもん!」

「そ? じゃ、行こう」

 ターミナル駅で特急に乗り換え、K市まで約一時間。

 特急は二人掛けの向き合う座席になっているので、二人は空いた車両の一角を占領することができた。

 車窓からは柔らかな緑に飾られた町が見える。

「四月から家から通うの?」

 とは新学期の通学のことである。風花の火曜芸大は隣の県なのだ。いくら交通事情はいいとは言っても、JRと私鉄を乗り継いで一時間半以上かかる。今までが自転車で二十分程度だったから、かなり遠くなってしまうのだ。

「う~ん、どうしようかな? 乗り換え含めて大体九十分でしょ? 大学は始業時間が遅いし、お父さんは家から通えって言うけど」

「あたりまえでしょ。俺だってそう思います」

「え~、でもだって一人暮らしってちょっと興味があるんだけどな」

「ダメ、絶対。危ない」

「それを言うなら学校から遠い事だって危ないし~遅くなったりすると」

「なんぼかまだマシだ。遅くなったら俺が迎えに行きます」

「清水君だって受験生だし、そんなこと頼めないよ」

「風花と違って俺は余裕があります」

 樹は事もなげに言った。努力は見せない主義である。

「そうだろうけど、現実味がないよ。予備校だって通うんだろうし」

「通いはするけど、自転車で風花を送るくらいできると思うんだけど」

「まぁ、これから日が長くなるし、当分大丈夫」

「大丈夫じゃない気がする」

「そうかな~」

「それともかわいそうな受験生をほっとくつもりですか? おねーさん」

「あ、そーか。でも、ちっともかわいそう感がないですが」

「とにかくダメ」

 樹は断固として言った。

「暴君」

「そう。今まで知らなかった?」

「知ってた」

「そ。なら、この話はおしまい。ほら景色がきれいですよ。桜ももうすぐ咲くし」

「ホントだ、春だね〜」

 樹の言葉は短く表情も乏しいが、風花は楽しい。空気を一緒に楽しめるのは二人の距離が縮まった証拠である。沈黙でさえ意味がある。今まで一緒に過ごすこともほとんどなかったのに、黙っていても気まずくならない事が不思議だった。

 ——最初はとてもニガテなタイプに思えたのにな。

 風花の頬がすぐ触れるところに樹の肩がある。

 受験も終わり(風花だけ)、やっと恋人らしくなった二人だった。

「あ、見て! あそこちょっとだけ桜が咲いてる」

「ああ」

 短い電車の旅。

 デートは始まったばかりだ。





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