第11話 北風? 4 

 それから約二ヵ月後。


「あ、あった! あったよ! 清水君! 合格した!」

「俺はとっくに見つけてましたよ」

「わぁ~! 受かった!」

「おめでとうございます」

「わぁ~ん! うれしぃ~……」

 風花の両方のおさげが地面に垂直にたれたまま動かない。

「風花、泣いてるの?」

 背の高い樹が体を折って俯いてしまった風花を覗き込む。

「ひっ……うえええ」

 前髪に隠れた目のあたりからぽたぽたと雫が垂れた。あたりも同じような興奮につつまれている。

 掲示板を見上げて手をたたきあって喜ぶ顔。しかし、そうでないものも多い。競争率が四倍近くあったのだから、合格者よりも涙を呑んだ者のほうがが多いのも事実なのだ。

 惜しくも合格できなかったものはきっと喜び合う受験者の中にいたたまれず、さっさと帰ってしまう。さっきまで風花たちの横にいた男子学生もいつの間にかいなくなっていた。

 悲喜劇こもごも。そんな季節。

 樹は手を取って群集から風花を連れ出した。おさげの頭は赤い手袋に顔をうずめたまま、とことこついてくる。少し歩いたが、ようやく構内の外れの木の下に運よく空いていたベンチを見つけて腰を下ろす。ついでに背中に手を回して軽い体を自分に傾けさせた。風花はまだぐすぐす鼻を鳴らしていて、素直に体を預けてくる。

「さて、ここならよし。ひっつかれるのは嬉しいけど、鼻水は拭いてくださいね」

「ぐず……ひ、ひっついて……なんか、ひっく……ないし!」

「あ~あ、ぐちゃぐちゃ。はい」

 樹は青いハンカチで丸い頬をぬぐった。

「一息ついたらお家に電話しないと」

「わっ、わがっでるもん。ぐしゅ、も、もう大丈夫。ところでここどこ?」

「さぁ、大学構内のどこかでしょう」

 合格発表の日ということで学校中がざわついていて、バンド演奏や気の早い勧誘などがメーンストリートをにぎわしている。

 さすがに芸術大学だけあって、開放的で無秩序で冬の終わりの寒々とした空気がそこだけ感じられない。

 樹はそんな芸大独特の雰囲気が気に入らないかのように、密かに整った眉をしかめた。

「おうちの人はなんて?」

「うん、おめでとうって。今日はお父さんも早く帰ってくるからお寿司作るって」

 携帯電話をポケットに滑り込ませながら、最後のハナをすすり上げて風花が樹を見上げて笑う。彼の大好きな大きなタレ目がまだ潤んでいて樹は思わず見とれてしまう。

「ヤダ。泣き顔面白いからってまじまじ見ないでくれる?」

「確かに見とれる」

「むかつくし~」

「かわいすぎて」

「へ?」

 ふいに唇に熱いものが被さった。

「!」

 ホンの一瞬でそれは離れ、風花のタレ目はいつもの涼しげな視線とぶつかる。

「俺が追いつくまでおとなしくしていなさいね」

 謎のような言葉を投げ掛け、樹が立ち上がる。

「さ、帰りますよ。寒いし」

「……」

「ほら」

 にゅっと風花の目の前に大きな手が差し出された。指が触れるないなや、ぐいと引っ張られる。

「離れないようにね。俺は放さないけど」

 そこから黙って歩く。

 赤い手袋をした小さい手と何にもつけていない大きな手。

 そこからぽわぁんと体中に広がるものが確かにあった。

 それを二人とも感じている。

「あたたかいね」

「そうだね」


 直に春。





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