インスタント人類滅亡 in 1999
相田サンサカ
第一章:休日残り三日
01:兄妹旅行と破滅の予言
西暦1999年7月、日本帝国――。
16世紀フランスに、占星術師「ミシェル・ノストラダムス」という人物がいた。
その彼の予言集を題材にした「人類滅亡」論が、今年、日本の世間を騒がせている。
いわゆる「ノストラダムスの大予言」。
彼の予言集には「空から恐怖の大王がやってくる」という一説があった。
そこを仰々しく取り上げて、やれ隕石が落ちてくるだの、やれ核ミサイルが降ってくるだの、とマスコミで大いに喧伝されたのである。
中には、予言を信じきって、「死ぬ前に」全財産を使い果たした者もいるくらい。
そんな行為を「愚かだ」と笑い飛ばしきれない雰囲気に、日本全体が呑まれていた。どこの街角でも、どこの学校でも、どこの会社でも、人々はどことなくソワソワしていたのだ。
しかし。
そんな予言のことなど全く気にもせず、逢瀬を楽しむ兄妹が一組、いた。
「兄さん、お久しぶりですっ。こうしてお会いするのはひさしぶりですねっ……! ウフフフ、今日から三日間、ステキな旅行にしましょうね♡」
「あぁ。せっかくの海だ。妹ちゃんとのんびりしてきたいな」
東京駅のホーム。
高校生くらいの兄妹が、めいめいキャスターつきバッグに腰掛けていた。
十代の「兄妹」といえば、ふつうは毎日顔をつきあわせて暮らす存在。
仲がよくない――というのが、世間の平均のはずだ。
しかし、彼らは違った。
まるで、はじめて引き合わされたお見合いみたいに、ニコニコ穏やかに笑い合っている。
「兄さん、何を言ってるんです? 兄さんは運動盛りの高校二年生。しかも、せっかくの夏休みじゃぁないですか。そんなことじゃ、体がなまって、お仕事に差し支えるのでは?」
長い黒髪に、麦藁帽をかぶった少女――妹が、兄のほうにずいっと上半身を突き出す。ニッコリと明るく笑った。
そんな妹に比べると、兄は、かなり背が高く大柄なほうだ。短髪で、精悍な印象を与える少年だった。
……そのはずだが。
彼は、思わず妹から顔を少しのけぞらせてしまう。
腕力で押されたわけもない。ただ、妹の魅力に、心理的に距離をとってしまったのだ。
「私、兄さんと一緒に泳げると思って、もう水着を着てきてしまっているんですよっ。ほら、見てください、兄さん♡」
「むっ、胸元をめくるな! はしたないぞ!?」
妹がクルクル動き回る様を久しぶりに見て、兄は新鮮な印象を受ける。
(……あれ? 妹ちゃんって、こんなに可愛かったっけ……?)
兄の喉が鳴った。
狼狽した兄を奇妙に思ったのか、妹はさらに顔を近づける。
「ン? どうかしたんですか? 顔が赤いですよ、兄さんっ」
「いやぁっ……! な、夏休みって言っても、休めるのはけっきょく三日だけだから。妹ちゃんの水着は楽しみとはいえ、正直、もう疲れてるんだよ」
彼は、大きくのびをした。
「伊豆についたら、砂浜でゴロゴロして……民宿に着いたら、レンタルしてきたアニメのビデオを見まくる予定なんだ。妹ちゃんも見るだろう?」
と、中身が詰まっているらしいバッグをぽんぽんたたいた。
「もうっ、兄さんったら! まぁ、のんびりするのは嫌いではないですけど。……嗚呼っ! いずれにしても、わくわくしますね! 静かな波、きれいな砂浜。混浴の露天風呂、風情のある和室に、ふたり一緒のお布団――ふふっ、ふふふふふっ!」
妹は、ルンルンと鼻歌を歌いださんばかりだ。
高校生の旅行にしては、妙に爛れた単語が登場していたのは別にしても――兄は、困惑した。
「あのー……妹さん?」
「ねぇ~っ、兄さん。私とぉ……ウフフ♡ いっぱい……しましょうね?」
「……思い出作りを、だよね?」
兄は、顔をガチガチに硬直させた。それを見て、妹は一瞬、小悪魔的にほくそ笑む――が、すぐにさわやかで清楚な笑顔に戻る。
高校一年生にして、すでに男を手玉に取る方法を心得ているらしい。
「えぇ、それでもいいですよ。私は、兄さんとなら、なんでも一緒にしたいんです。もし、して欲しいことがあったら、なんでも言ってくださいね? せっかく、久しぶりのデートなんですから……やりたいことは、ガマンせずにしましょうよ。ぜ~んぶ……ふふ♡」
妹は身を乗り出しすぎて、もう兄の胸に抱きつく形になっていた。
甘えるような声に、髪のあたりから香る石鹸の香り。
柔らかに押し付けられる、大きな胸の感触。
――血のつながった妹とはいえ、一年ぶりに会う彼女は妙に大人の女性じみていた。
兄の心臓が、かすかに高鳴る。
(……いやいや、相手は妹だし!)
ぶるぶると顔を振る。
「そ、そうだな。うん、やりたいことは全部やってこよう。どうせ、次休めるのは、一年も後だし……」
とたんに、兄の顔が暗くなる。
「そ、そういうこと言わないでくださいっ! あ、そうだ……ねぇねぇ兄さん、これ見てくださいよ。じゃーんっ」
妹は、ふところから携帯電話を取り出して、見せ付けた。色はピンク色だ。
「うぉっ、どうしたんだこれ!?」
「さっき待ち合わせの前に、携帯電話屋さんで買ってきたんですっ。最新型ですよ! なんと、携帯でインターネットが使えるんですっ、すごいでしょ!」
「へぇ~っ、すごいなぁ。地上では、今こんなのが流行っているのか」
兄は、素直に感心して覗き込む。
カチカチという音をたてながら、妹は慣れない手つきで文字入力をしていた。
やがて、インターネットの検索窓に、
「兄 かっこいい」
という文字列が記される。
「おいおいっ!? なんつぅ思春期全開なワードで検索してるんだよっ!」
「えへへへっ……♡」
妹は、あいまいに微笑んだ。
そして今度は、
「兄 好き」
という文字列。
文字数が減ったが、不穏さは増していた。
「ちょっ……なんて……ワードを!」
「キャッ! 言っちゃいました、言っちゃいましたっ♡」
妹は、両手で包み込んだ顔を、しっちゃかめっちゃかに振った。
もっとも、指のスキマから、しっかりと兄の様子を窺っているが……。
「ま、まぁ、その、なんだ……ありがとう? でいいのかな」
その「好き」は、「家族として好き」という意味なのだろう。
――と、無理やり自分を納得させて、兄は咳払いする。
「で、でもさ妹ちゃんっ。それ買っても、休みが終わったら捨てなきゃじゃね? だって、私物は一切、もちこみ禁止じゃん……」
妹は、すこしうつむいた。
「そ、そうですね……。でも、せめてこのお休みの三日間だけは、普通のミーハーな女の子でいたいですから」
「……そうか」
兄は暗い顔に戻ってしまった。
しかし、すぐに表情を整え、
「……そうだよな。ミーハーな女子高生なら、携帯電話を持っててもおかしくはないだろうし。うん、別に止めないよ」
兄は、妹の頭を撫でる。妹は、嬉しそうに笑いを漏らした。
「あ、そろそろ電車が来るな。妹ちゃん、バッグ持つよ」
兄は、自分のバッグと合わせて妹のものも軽々と持ち上げた。
「ふふっ、兄さんって力持ちなんですね♪ 男の人って頼りになります♡」
妹は、わざとらしく兄の背中に抱きつく。再び、大きく成長した胸の感触がし、兄はバッグを落っことしそうになった。
「……い、妹ちゃんのとこにだって、男くらいいるだろう?」
「いますけど、いませんよ。兄さんほど、強くって頼りになる人はいません。私にとって、この世界に男は兄さん一人だけです♡」
「……お世辞でも嬉しいよ」
「お世辞じゃありません。事実じゃないですかっ。兄さんに勝てる人なんて、この世にいないでしょうねっ」
「おおげさだなぁ」
電車のドアが開く。段差を超えるため、兄は両手のバッグを持ち上げ――
そして、地面にたたきつけた。
「きゃああぁっ!?」
兄の脚力と、そしてバッグを投げつけた反動で、兄は空中高くにジャンプする。バッグの代わりに、小柄な妹の体をしっかり抱きしめ、守っていた。
「ににっ、兄さん、いったい何をっ!?」
「あれを見ろ!」
兄がたたきつけたせいでひしゃげたバッグ。
それが、次の瞬間、両側から浴びさられた銃弾によって、粉みじんに打ち砕かれる。
兄がジャンプしていなければ、兄妹ともにただではすまなかっただろう。
兄妹そろっての、楽しい休日となるはずだったのに。
その銃弾が、地球、あるいは銀河系、宇宙そのものを崩壊させる三日間の嚆矢になるとは、この時の兄も妹も、いっさい予想していなかった。
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