第12話
ディーネは部屋を出て一礼すると、団長室の扉をゆっくりと閉める。気絶から復帰したメリエルを隣に添え、ディーネはゆっくりと自室までの道を歩き始めた。
ちなみにディーネはもちろん自室までの道など知らない。さりげなくメリエルを前に立てることで、自室までの道を探そうという魂胆である。卑怯というか狡いというか。
「全く、一時はどうなることかと思いましたよ。あまり無茶はしないでくれカオル殿」
「あはは…すいません。でも、自分が安全地帯にいる間にメリエルさん達が戦っているんだって思うと、居てもたってもいられなくて」
「か、カオル殿…そこまで私のことを…」
何やらクネクネと気持ちの悪い動きをし始めた彼女。大方自分と薫が愛し合っているシーンでも思い浮かべているのだろうが、ディーネからしてみれば気持ち悪いの一言だ。
「ちょ、落ち着こうよメリエルさん。流石にその恰好は…」
「おっと、カオル殿も独占欲は強いのですな。心配せずとも、私の醜態を見せるのはカオル殿だけですぞ。というかもっと見てもらいたい…!!」
何を言っているのだろうかこいつは。ディーネは口から出かかった率直な感想を抑え込み、メリエルを落ち着かせる。
(なんだこいつは。性癖がねじ曲がっている上に扱いが面倒くさいだと? どれだけ俺にストレスをかければ気が済むんだ…!! もしかして俺が暗部の人間だと気づいてやっているのか? そうなんだろう? てかそうだと言ってくれ!!)
この溜りに溜まったストレスはおそらく秘書であるフィリスで解消され、そのフィリスに溜まったストレスはその部下によって解消される。こうして負の無限ループは続いていくのである。部下のストレスのはけ口? それは知らない。
「そうと決まればカオル殿、さっそく私の部屋に…」
「ちょ、ちょっと落ち着こうって。ね? そんなに焦っても何も生まないから…」
「大丈夫です。生めますから」
「何をだ!!」という突っ込みを必死に我慢したディーネ。なぜいい笑顔なのかとかサムズアップするなとか色々といいたいことはあるだろうが、まず彼がここまで『薫』としてやりきっていることに賞賛を送りたいと思う。
「大丈夫、心配しないでください。天井のシミを数えている間に終わりますから…」
「ちょ、ちょっと!?」
いよいよディーネの肩を鷲掴みにし、目にハートを浮かべ始めるメリエル。このまま自分の貞操は散らされるのか、とディーネが覚悟して目を閉じた瞬間、そこに救いは現れた。
「…アンタ、なにやってんのよ」
そういいながらメリエルをディーネから引きはがしたのは、突如現れた花谷水樹である。メリエルはチッと舌打ちすると、水樹へ向かっていい笑顔を浮かべる。もっとも、その笑顔には青筋も付属しているが。
「おやおや、ミズキ殿ではありませんか。どうした? また性懲りもなく私たちの仲を邪魔するのか?」
「は? 何言ってんのかよくわかんないんだけど。アタシは薫が心配だったから来ただけなんだけど?」
そして始まった女同士の戦い。ディーネは過去の経験から、こういった争いには口を出さないよう心掛けていた為、幸いにして巻き込まれずに済んでいた。といっても、話題が話題なので逃げ切れてはいないが。
「どうだろうな。そう言いながらついこの間もいいところで邪魔された気もするが」
「アタシは薫が嫌がってたから止めただけ。それが何か問題?」
「嫌がっているならもっと抵抗されているさ。それに、身長の問題でカオル殿の表情は見えない筈じゃないのか? それをどうやって証明するというんだ?」
「そ、それは…」
メリエルの言うとおり、『薫』の身長は160センチ後半とあまり大きくない。測ってはいないが、少なく見積もっても百七十後半はあるメリエルが『薫』の前に立つとどうしても見えなくなるのが事実だ。水樹は視線をそらし、気まずそうに口ごもる。
「ふふ、やはり当てずっぽうに言ったのだな。そんなあなたに私たちの仲を邪魔する権利などない…」
「ち、違うわ!! その時ちゃんと薫の表情見えてたんだから!!」
「ほう、どうやって…って、まさか!?」
「ええ、そうよ」
水樹が閉じていた手を開くと、中からなにやら発光する物体が現れる。
「盲点だったな。まさかスキルを使って監視していたとは…」
「薫を守るためなら出し惜しみはしないわ!!」
薫を守るために薫の人権を無視するのはいいのか、とディーネは虚ろな目で今は亡き薫に思いを馳せる。徐々にヒートアップしていく彼女らの議論に、ディーネが介入する余地などない。そのまま終わることなく続けられるかのように思われた時間であったが、またしてもそこに救世主が現れた。
「やあやあ水樹! こんなところで会うなんて奇遇だねぇ!」
またしても唐突に現れたのは、先ほどディーネに絡んできた男たちだ。集団で現れた彼らは相変わらずニヤニヤと嫌な笑みを浮かべている。
言い争っていた水樹は「うげ」と奇妙な声を上げて止まり、メリエルも彼らの姿を見るや否やディーネをかばうような位置に立つ。何か因縁があるのか、その手は腰の剣に掛かっていた。
(…あ、これ救世主じゃなくてめんどくさくなるやつだ)
ディーネがそれに気づいたのは、それから数瞬後の話である。
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