第10話

 はるか高く聳え立つフリアエ王国の王城。その威容を離れた市街地の路地裏から、ローブ姿の人物が見上げていた。


 フードを目深に被ったその人物は、壁にもたれかかったまま微動だにしない。路地裏という土地柄においては、こういった何かありそうな人物がいることは特に珍しいことでもない。少なくともまともな王国の民衆は、こういった所に軽々と踏み込まないよう幼いころから教えられているのだから。


 そしてこんな場所にいつまでも居れば、まともでない人物たちに絡まれても仕方のないことであろう。


 微動だにしないフードの人物の前には、典型的な小悪党が二人ほど立っていた。


「よお兄ちゃん、こんなところで何やってるんだ?」


「へっへっ、いつまでもこんなとこいると俺たちみたいな怖ーい奴らが来ちゃうんだぜぇ?」


 嫌みったらしい言い方をしながら、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべる男達。が、目の前の人物が起こしたアクションはフードを深く被り直すということだけであり、彼らの存在には目もくれない。やけにあっさりとした対応にプライドを傷つけられたのか、男達は不満げな表情をすると、徐に自らの懐からギラリと輝くナイフを取り出した。


「けっ、下手にでてりゃいい気になりやがって。おい、とりあえずその身ぐるみ全部置いてって貰おうか」


「このナイフが飾りだとでも思ってんのか? 残念ながらこいつはマジだかんな。そのキレイな顔に傷つけたくはないだろ?」


 もっとも、悪党達からの位置ではフードの奥を覗くことは出来ないが。


 フードの人物は彼らの持つナイフをチラリと見ると、初めて彼らへと口を開いた。


「…新品のナイフか。買い換えた可能性もあるが、持ち方がなっていない。悪党のなり損ないだな」


「あ?」


「お?」


 フードの奥から聞こえた涼やかな声に、思わず奇妙な声を上げる悪党達。男だと思って掛かっていった相手が女だったと知り、二人は笑みを浮かべる。


「ははっ!! 女かよ。ならただで帰すわけにはいかねぇなぁ」


「少しばかり俺たちの相手もしてもらおうか?」


「…はぁ。この国の悪党共は女と見るやすぐに犯そうとする。まあ、悪党らしいと言えば悪党らしいが」


 ため息をついたフードの女性は、面倒を避けるように男達の間を抜けようとする。が、当然のように彼らが壁となって出ることは出来ない。フードの奥から彼らをねめつけた女は、低めの声で彼らに警告する。


「…今なら遅くない。今すぐ私の目の前から消えろ。その短い生命を終えたくなければな」


「はっ! こいつは傑作だ! この女が今から俺たちを殺すってよ!」


「面白れぇ! ぜひともやって貰いたいもんだ!」


 下品な高笑いを上げる男達。やはりわからないか、と女はため息をつく。


「―忠告はしたぞ」


 次の瞬間、男達の首には深くナイフが突き刺さっていた。


 声を上げる間もなくその意識と生命を絶たれた彼らは、そのまま血を吹き出しながら地面へと崩れ落ちる。その背後にいたのは、女と同じくローブを着た人物だ。彼は首に刺さったナイフを回収すると、女へと向き直る。


「遅くなりました、すんません」


「遅いぞ、本当に」


 文句を言った女性―フィリスはこめかみに手を当てる。呆れたように首を振る。彼女の言葉にフードの男―御者として潜入したディーネの部下は肩を竦めた。


「少しばかり市街地の把握をしていたんですよ。これからあちこちに忍び込むってのに、衛兵の巡回路とか知っとかないと問題でしょ?」


「それが原因であのような面倒な連中に絡まれたのだが?」


「俺がいなくても殺ってた癖によく言います…ってすんません、謝りますからそれは勘弁してください」


 殺気を振りまきつつ、亜空間から剣の柄を取り出したフィリスにあわてて謝罪する男。


「冗談だ。さすがの私も仲間は斬らないさ」


(絶対嘘だッ…!!)


 冷や汗をかきつつ、剣を仕舞ったフィリスに抗議する男。もちろん心の中で。


「さて、隊長はうまく潜入出来たようだが、問題は私たちだ。この国に来た以上、何かしらはしておかないといけないだろう」


「フィリスさんは一体どうするおつもりで?」


 彼女は鼻を鳴らし、腕を組む。


「今の私はアメリア・ハートゴールドだ。私はこの国では多少なりとも名を知られているからな。それを利用して表から色々と工作させてもらうさ」


 フィリスは組んだ腕を解き、ローブの奥から一枚の羊皮紙を取り出す。


「こいつはギルドがアメリア宛に出した依頼書だ。読んでみるといい」


「えーっと何々、『貴族の子弟たちの護衛任務』…なんですかいこれ。特に不思議なところもないですけど」


「不思議なところがないのが問題なのさ。本来なら私の格下であるA級冒険者でも果たせる依頼、それが態々私に向かってきたということは何かあると言っているようなものだろう?」


「なるほど、それに依頼者は王宮…匂いますねぇ」


 男の手から羊皮紙を回収すると、フィリスは話を続ける。


「とにかく、私は冒険者ギルド伝いに勇者の情報を追ってみようと思う。貴様はどうするのだ?」


「ま、俺は王宮以外の重要施設を回ろうと思ってますよ。そこに何がないとも言い切れないんで」


「ほう、その為の市街地の確認か?」


「そんなところですね。さっきそれで理不尽に怒られた気もしますが」


「何か言ったか?」


「いえ、何も…」


 フィリスの圧に再び目をそらす部下。あまり彼女を弄るのもリスクが大きいと考え物である。普段から彼女を弄っている隊長のディーネやはり色々と凄いのだと実感させられた。


「まあ、尻尾は出さないように気を付けろよ」


「そっちこそ、へましないで下さいよ」


 お互いの拳を突き出し、打ち合わせる。


「「闇の御許に」」


 暗部においての合言葉を言ったのち、二人は別々の道を歩みだす。未だ日の出ている日中だと言うのに、彼らの姿は影に紛れて見えなくなった。


 後に残されたのは、虚しく放置された男二人の死体だけである。この死体も、路地裏ではよくあることとして共同墓地あたりに葬られるのであろう。


 こうして影は、その姿を隠す。

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