第9話
「まさかこんな所で薫と再会するなんてな。大丈夫か? 立てる?」
そう言って手を差し伸べてくる、ディーネにとっては見知らぬ男。口調からして、『薫』にとっては顔見知りなのだろう。また面倒な奴が寄ってきた、とディーネは何度目かわからないため息をつく。
「いや、問題ないよ。心配してくれてありがとう」
当たり障りの無い言葉を言いつつ、自力で立ち上がるディーネ。彼の手を借りなかったのは、果たして煩わしかったからか、はたまた彼が気に入らなかったからか。
男は苦笑すると、伸ばした手を引っ込めることなくディーネの服へ。ついた土をそのまま払い始める。
「いや、いいって。自分でそのぐらいやるさ」
こいつもしかしてホモなのではないか、と一瞬ディーネが思ってしまったことは内緒だ。
男の手を払い除けると、制服のズボンやブレザーについた土を払う。
「…悪かったよ。気付くことが出来なくて」
「気にしないでよ。君のせいじゃ無いんだし」
「おいおい、俺のことは春斗でいいって言っただろ? そんな『君』だなんて他人行儀にしないでくれよ」
期せずして男の名前を知ることが出来たディーネ。本来ならば喜ぶべきなのだろうが、どうにもこの男の雰囲気がホモ臭くて敵わない。
ディーネは『薫』の容姿を思い返す。確かに彼は線の細いタイプの男性ではあったが…まさかとは思うが、疑惑は晴れない。
とにかく、そんな関係はこちらとしてもゴメンである。暗部という汚れ役だとしても、やりたくないものはやりたくないのだ。
だが、暗部として彼らを騙し通す時にはなるべく『薫』をトレースしなければならない。そして、『薫』が目の前の男とそういう・・・・関係にあったのであれば、自分が断るわけには行かないだろう。どうしてもやらなければならないのであれば、その時は…。
ディーネが悲壮な決意を固めていると、男―春斗が声をかけてくる。
「今度また何かあったら、遠慮無く俺を呼んでくれ。その場でなんとかしてやる」
「大丈夫だって。あんまり気負わないでよ」
春斗は何故ここまで薫に構うのか。ディーネの考えていたホモ説がどんどん真実みを帯びてきており、彼としては冷や汗を隠せない。最早ディーネに出来ることは、そういう関係で無い事を祈るだけである。
これ以上この話題をつついても利益にはならないと考えたディーネは、話題を逸らそうと画策する。
「ところで、春斗はどうしてここに? 僕がああなっていた事に気付いたからって訳じゃ無いんだろ?」
「ああ、それはコイツだな」
そう言うと彼は、腰に下げていた片手用直剣をポンと叩く。鞘の中で刀身と鞘が擦れ、金属質な音が響いた。
「それは確か…」
「ああ、俺の能力で生み出された聖剣さ」
ディーネは事前に調査していた勇者達についての情報と照らし合わせる。確か勇者というのは、召喚された時になにがしかの《スキル》を手に入れると書かれていた。おそらく別世界の人間とこの世界の人間を強制的に中和させるための処置なのだろう。その辺りの説明はディーネの部下の方が詳しいが、彼にもその程度の想像は付いていた。
そして召喚された中で最も強力と思われるスキルを手に入れたのがこの目の前の人物、「辰己春斗たつみはると」である。
彼の能力は《聖剣聖マスターブレーダー・スミス》と呼ばれ、自らの能力で聖剣を作り出し、身体能力を飛躍的に上げるという物である。まあディーネから言わせて貰えば、「剣持って少し強くなるだけ」とバッサリ切られるほどの物でしかないが。
「そんな物騒な物持って、こんな所で何をする気だったのさ? 辻斬り?」
「俺を犯罪者のように言うのはやめないか? ただの素振りさ。剣の重さに慣れる必要もあるしね」
「え、でももう春斗は強いじゃないか。これ以上訓練する必要なんてあるの?」
ディーネの飛ばした悪戯な質問に、春斗は首を振って答える。
「強いと言っても、それはスキルの強さだしな。アレに頼り切りになると、いつ何が起こるか分からない。それに、パワーのごり押しで魔王に勝てるなら俺たちはいらないさ。しっかりと自分の技術も上げておかなきゃ、折角の力が勿体ないだろ?」
ふうん、とディーネは頷く。
「ま、応援してるよ春斗。僕は自分の部屋に戻る。頑張ってくれ」
「おう! また落ち着いて話そうぜ!」
そう言って春斗と別れたディーネ。
彼の姿が見えなくなる所まで来た後、一人思索に耽る。
(魔王…確かにあいつはそう言っていた。ということは魔王の復活というのは事実なのか?)
自らが潜入した第一の目的でもある、勇者達が召喚された理由の確認。その第一段階として、勇者達にはどう吹き込まれているかという事は自然な形で確認出来た。ただ、この吹き込まれた理由が建前であり、勇者達本人には伝えられていないという可能性もある。
(…コイツに関してはまだ調査が必要だな。それに勇者のスペックは…)
次に考えるのは召喚された勇者の素質についてである。これに関しては個々人で千差万別といったところだろうか。不良集団のような雑魚も居れば、意識も整っている春斗のような有望株もいる。今のところ能力を持った人物しか見ていないが、弱い《スキル》を手にした者は自分…『薫』のほかにも何人か存在しているという。その辺りの実力も把握しておく必要があると、ディーネは心に留めておいた。
(ま、時間ならたっぷりあるんだ。気長に調べるとしますか)
ディーネは大きく伸びをして一息入れる。とりあえず目下の目標は―
(―俺の部屋がどこか聞きそびれたッ―!!)
―自分の部屋を見つけることだろうか。
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