第18話 仲間たちの反応

 榎本を見送った後、しばらくは、デスクワークを続けた。

16時から会議が開催されるので、少し早めに、佐伯を連れて事務室を出る。




 会議の時間まで、工場内を巡回する。

2人ともヘルメット姿だ。

本日も平和だ。特に大きな問題は起こっていないらしい。

社員の皆は、一生懸命、与えられた仕事に満身している。

「おめでとうございます」と声を掛けられることはあったが、長く話す者はいなかった。




 巡回が終わった後は、他の会社との定例会議。

参加者は、渡辺工場長他、この工場に入っている7社の代表とその側近。

会議室内ということもあり、工場内では被っていたヘルメットを、外している。

工場全体の方針の確認と注意事項、各会社からの状況報告を行う。


会議はつつがなく進んだ。


しかし、そのまま終わることはなかった。


「ところで、佐々木クン、皆が気になっているから、議題にあげさせてもらうよ」


 工場長が断りを入れてくる。

周りを見渡すと、皆頷いている。これは断れないか。

俺の様子を見て、工場長は頷くと、始める。


「佐々木クン、ご成婚、おめでとう」


 工場長の言葉を皮切りに、一斉に拍手が起こる。

彼には、結婚はまだだと、伝えていたので、あえて「成婚」と言ったようだ。


「……で、お相手の希さんは、アイダコーポレイションの相田社長の1人娘だとか」

拍手が鳴り止んだタイミングで、確認してくる。


「希さんとは又従姉妹の関係と聞いたが、相田社長とは、最近、会っているのかね?」


 睨んでくる。褐色の肌も手伝ってか、目がギョロッとしたように見える。

他の参加者たちも、音を立てずに、俺の動向を注目しているようだ。


「いえ、相田社長とは、会ってもいませんし、電話すらしておりません」

会ったのは、それこそ8年前だ。その頃はこの会社にすら入っていない。


「そうか……」

工場長は大きく息を吐く。


「いやね、我が社もお世話になってるのでね、アイダコーポレイションには」

「ウチもですね」

「ああ、ウチもだな」


 何人かが工場長に同意する。

アイダコーポレイションって、何の仕事をしているのだろうか。


「えっ、どのようなつながりがあるのでしょうか?」

「佐々木クンはピンと来ないと思うが、人材派遣関係でお世話になっている」

工場長他、佐伯以外の皆、真剣な表情をしている。


「山下人材サービスの他にも、西日本証券、東京相田建設など、結構多岐に渡る」

「今上げた会社は皆、アイダコーポレイションの子会社だからね……」


 凄いなぁ、徹叔父さん。


 工場長の話によると、意外とアイダコーポレイション、随所に関係があるようだ。

派遣の他、工場を増築するときや、お金の工面など、大小問わず関わっているらしい。


 それなのに、俺が知らなかったのは、ウチの会社が、お世話になっていないからだ。

本社が名古屋にあるということもあり、人材、金融、建築関係は、名古屋系企業の伝手で片付けている。

その伝手で、アイダコーポレイション関係にぶつからなかったのは、偶然だろうけど。


「まあ、アイダコーポレイションという会社は、それだけ大きい会社なんだよ」

工場長の言葉に皆が頷ている。そこまでとは、知らなかった。


「そんな会社の次期社長になるんだ、どうか我が社をよろしくー!」

「「「ウチもよろしくー!」」」


 皆に拍手される。笑顔で肩を叩いてくる工場長。

まだ決定ではないんだけどな……。

そんなことを思いながら、苦笑する。


「……ただ、俺も戸惑うばかりなんですよ」

拍手が鳴り止んだ辺りから、話し始める。


「昨日、全てが始まった感じなので」

皆、話を聞いてくれるみたいだ。会議は終わったはずなのに誰も帰らない。


「アイダコーポレイションからは、何もないので、本当のところはわからないですし」

部屋の中が若干ざわつく。


「まあ、佐々木クン。何か決まったら報告頼む」

そんな工場長の一言で、本日の会議はお開きとなった。




「佐々木さん、君は相田社長も認められた許嫁、これは間違いないのか?」


 H《エイチ》.S《エス》.D《デー》の内藤ないとう部長が声をかけてくる。

少し背が低く、小柄。鼻の下に少し髭を蓄えている。

H.S.Dもウチを同じく、この工場に入っている企業だ。


 俺が部長に昇進する前から、会社を跨いでお世話になっているひとでもある。

年下の俺相手でも「さん付け」をしてくるので、丁寧で面倒見の良いイメージがある。

多分、他社だからそんな扱いなのだろうけど。


「はい。ノゾミがそんなことも言ってましたし、送られてきた婚姻届にも名前と認め印がありました」


 内藤部長は、顎に手を当てて考え込んでいる。

しばしを置いて、真剣な顔で質問を続けてきた。


「相田社長とは、そのことについて、話をしたのか?」

「まだ、ですね……」


「一度、相田社長本人と、電話でもいいから、話をしておいた方がいいかもしれない」

そんな彼の言葉に続けるように声がかかった。


「次期社長じゃない可能性がある」


 割って入ってきたのは、内藤部長の補佐である、狭山さやま 輝美てるみ

ノゾミ以上に身長が低く、細身。キツネ目のポニーテール女性である。

相変わらず、俺に向けてはぶっきらぼうな言葉である。

隣りでは、内藤部長が苦笑している。


 狭山とは、違う会社ではあるのだが、同期入社。

工場の道具や設備を扱うために、会社に入ってしばらくは、初心者講習みたいなものがある。

そのときに、席が隣り同士になったり、ペアで行動することもあったため、既知の仲になった。

年齢は確か、佐伯と同じくらいだったように思う。

けど、俺に対しては、いつも塩対応である。


「アイダコーポレイションが実力主義であるならば、佐々木 優は認められるわけがない」


 相変わらず、感情のこもっていない声だ。

そしてコイツは、俺のことをいつも、フルネームで呼ぶ。

これは昔から変わらない。


「……まあ、そういうことだから、一度、相田社長と話をしておいた方がいいってこと」

内藤部長が言葉を続ける。


「だから、調子に乗るなよ、佐々木 優」


 なぜ、こいつはいつも偉そうなんだろうか。

佐伯によると、俺の前だけ、こんな態度を取っているらしい。

ますます、謎が深まる。


「まあまあ、テルちゃん、こっちに行こう……」

「だけどさあ……」


佐伯が輝美を連れて行く。まだ不服を言っているようだ。


「まあ、テルがあんなのは、佐々木さんの前だけだから、気にしないで」


内藤部長が輝美をフォローしている。

俺もそれはわかっているので、問題はない。


「とにかく、彼女の言う通りなので、確認は取っておいた方がいいと思うよ」

「ありがとうございます」


「日取が決まったら、連絡よろしくー」


そう言うと、彼は、会議室から出て行った。



「佐々木」


 次にこちらに向かってきたのは、崎山さきやま塗装とそうの崎山社長だ。

崎山塗装もこの工場に入っている企業の1つ。

白髪が混じる、眼鏡がおしゃれなひとである。今日は赤いフレーム。

家には200以上の眼鏡を保持し、会社にも10持ち込んでいるという。


「おめでとう、大出世だなぁ」


がっちり握手をしてくる。ごつごつした職人の手のひらを実感する。


「いやあ、まだ、相田社長に、確認してませんので」

「それは置いておいても、めでたいよ、おめでとう」


ニコニコしている。


「ありがとうございます」

不意に握手した手に力を入れられた。痛い。


「でもなぁ、社長職はな……、できれば、ならない方がいいぞー」

にこーっというより、にたぁーって顔に代わる。


「こんな小さな会社の社長でも大変なのになぁ、大きな会社の社長なんて」


 しみじみ言わないで欲しい。

実感がこもっている分、不安になる。


「社員も多くて管理大変だし、相手する会社も海千山千。つぶれるなよー」


そこまで言うと、握手した手を離す。


「まあ、大変だと思うが、正式に決まったら、言ってくれ。アドバイスくらいはするよ」

「そのときは、頼りにします」


「だめだ、その答えは」


どういうことだろうか……。


「そこは『頼りにします』ではなく、『参考にします』だ、あくまでもな」

「……そうなんですか?」


「ああ、頼りにするなんて言われると、相手が畏まる。社長になると、周りに重みを感じさせるからな」

「そういうものなんですね……」


「まあ、あくまでも俺の考えというだけだ。佐々木自身がどう思うかは知らん」

そこまで言うと、俺に背中を向ける。


「俺は、畏まることはないがな」

そんな言葉を残して、会議室を出て行った。


 他の代表者たちとも、軽く会話をする。

祝福する者が多かった。羨ましいと言うひとも。


確かに、ここに集まっているひとは、それぞれの会社の代表。

隠れた本心はわからないが、表面上は無難にまとめるだろう。


波風を立てないように。


そんな中で、いろいろ言ってくれた内藤部長と崎山社長には感謝したい。




 そうこうしているうちに、チャイムが鳴った。

17時、業務終了の合図である。


それを皮切りに、残っていた面子は、次々と会議室から出ていく。


 俺も事務室に帰るために、佐伯を呼びに行く。

そこには佐伯と一緒に輝美が居た。


「あっ、部長ー」

俺に気づいた佐伯は、寄ってくる。


「佐々木 優」

輝美は何か言いたそうだ。


「あの嫁は、反則だろう、絶対反則だー!」

珍しく感情を露にしている。


「小さくて、若くて、髪も綺麗で、お前には、もったいない」

まあ、俺もそう思う。


「私に、あのを、くれ!」

まさか、女性から、その言葉を聞くとは思わなかった。


「やらないから」

一応、言っておく。


「むむむむ……」

唸っている。こういうところはかわいいんだけどな、輝美も。


「由美ー!佐々木 優が意地悪を言うー」

佐伯に抱き着いて、文句を言っている。


「ハイハイ、今日は一緒にご飯食べに行こうね」

頭を撫でながら、宥めている。


「部長、そういうことなので、今日は、定時であがります」

彼女は輝美と一緒に、食事に行くようだ。


「ああ、わかった」


 今日は特に用事はないので、問題ないだろう。

ウチの会社では、「定時であがる」とは、17時で仕事を終えて帰ることを意味する。


佐伯と輝美で連れ立って会議室の出口に向かう。

ドアを開けたところで、佐伯が振り返る。


「そういえば、部長」

ん?何か用か?

「あかりちゃんとこれから会うんですよね」

「何のことかな?」


「何かわかったら、私にも教えて下さいよ」

「え?いや、会わないから」


「まあ、そういうことにしておきます。若いからって、手を出さないでくださいね」


 彼女は去っていく。

俺も彼女たちを見送った後、会議室を後にする。


……なぜ、わかったのだろうか……?


あかりちゃん……榎本あかりには、17時半に事務室に来るように伝えている。


俺って、そんなにもわかりやすいのだろうか……。


 少し落ち込みながら、事務室に帰る道を行く。

榎本 あかり、何を話してくれるのだろうか。楽しみだ。

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