第15話 結婚発表会・開始
昼休み。
食堂に集まって、業者が持って来た弁当を食べる。
食堂と言えば、普通は「食事を出してくれる店」という意味である。
しかし、この工場では、「食事を取る部屋」として使われる。
工場と契約した業者が、昼までに、注文した弁当を配達してくれている。
ご飯と日替わりのおかず、合わせて400円と安価である。
ノゾミにわざわざ作ってもらわなくても、十分。栄養も考えてある。
彼女は作りたそうにしていたけど、学生の間は、頼むつもりはない。
俺は、そう思っているのだが……。
★★★
「優。例の発表会は12時半からで。よろしく!」
テーブルの向かいから、声がかかる。
「ホントにやるのか?」
「ああ、やらないと、ここに
向かいに座って食事を取る、
彼の箸には、奥さん手製の唐揚げがつままれていた。
食堂は、結構な人数が集まりつつある。
ここに居る人、皆、俺の話を聞くために集まっている、そう思いたくないのだが。
「それに、俺の知らん
「……そうなのか?」
「ああ。お前、工場長と話しとったらしいな。そりゃあ、広まるだろうよ」
彼はそこまで言うと、箸てつまんでた唐揚げを、口の中に運んだ。
「……だよな……失敗したな……」
「いやー、由美がお前の傍におる時点で、無理じゃろうな」
落ち込む俺に、そんな慰めにもならないことを、おっしゃる。
「あー!ひどいですよ、次郎さん。私、そんなおしゃべりじゃ、ありません」
俺の隣で食事を取っている佐伯から、非難の声が上がる。
俺、次郎、佐伯。毎日この3人で飯を食う。
昼食時くらい、直属の上司から離れて過ごせばいいと思うのだが、彼女の入社時からこの形である。
「でもよー、由美。お前、10時休憩のとき、おしゃべりな叔母様方と話しとったろ?」
「ハイ、情報は、新鮮なうちに。これは大事です!」
臆することなく、はきはきと答えてくる彼女。反省とか後悔という文字はないらしい。
「……やはり、佐伯が近くにいると、俺のプライバシーはないのか……」
げっそりする。ため息が出る。次郎の同情的な表情が目に映る。
「部長には、ファンが多いんです。諦めて下さい」
笑顔でそんなこと言われてもなぁ……。
しかも、そのファン層は、圧倒的に年配者である。男女問わず。
「それに、今回に関しては、工場長グループが原因です。私でも、ここまで早く広めることは無理です」
そう言うと、彼女は勢いよく、弁当の卵焼きに箸を突き刺す。
よほど悔しかったのだろうか、卵焼きに八つ当たりをしているようにも見える。
ちなみに「工場長グループ」とは、朝に会った工場長の取り巻きのことである。
「それはしゃーないわ。工場長グループは、仕事中もいろんな部署に顔出すからなぁ」
そう食べながら、次郎が答えてくる。佐伯の表情は、暗いままだが。
「……行った先々で、新鮮な話題を提供したら、まあ、そうなるよな……」
ますます後悔の念に駆られる。
その工場長も取り巻きも、揃ってこの食堂に居る。
取り巻きたちは工場長から離れて各々、仲のいい面子と食事を取っているみたいだが。
「……ところで、佐々木はん」
「なんだい、南方はんよ」
「あの噂、本当でっか?」
突然、次郎が、エセ関西弁で聞いてくる。
「……高校生の若妻相手に、毎晩、ヒイヒイ言わせとるって、ホントかいの?」
ヒイヒイ言わせとるって……、ちゃうわい!言わせたいけど。
「……んな事実、ないわ!」
「……で、真相は……」
「まだ、ヤッてもおらんわ!」
その答えに、次郎は目を見開く。
「マジか?もったいない。よく、理性を保てるのう」
「あのー、次郎さん、お触りはされてるそうですよー」
隣からボソッと、声がした。
佐伯、鬼か。ここでそんなことを呟くなんて。
「私よりも、数倍、肌の弾力がいいそうです」
「……優?やはり、由美にも手は出していたのか……」
なぜ、そっちの方向に話が……。
佐伯、無言で頷いて、肯定するのはやめろ!
「まあ、お前。結婚するんなら、そこは決着つけといた方がええで」
そう諭される。彼の表情が優しい。
隣を見ると、「えへへ……」とご満悦である。
こうやって身に覚えのない事実は作られるのか……。
恐ろしや「ウワサ発信機兼製造機」。
「いや……、佐伯とはそんなことはなくてだな……」
「ええ、優しくしてくれました……」
しどろもどろになりながらも否定するが、佐伯が肯定してくるので、意味がなさそうだ。
「そうかー、近くに
確かに事実ならばショックだろう。
俺が彼に打ち明けてなかったことになるからな。
会社の同僚とはいえ、ほぼ一緒にいて、話もよくするし、よく遊びに行く。
そんなに仲がいいのに、2人が仲のいい女性と関係を持っていることを黙っている。
彼は既婚者だし、黙っている理由がない。
「……で、今は?まさか二股中なんか?」
次郎が面倒くさそうに聞いてくる。
「……奥様ができたということで、私は」
両手で目を擦り、涙を拭いているポーズを取る彼女。
「佐々木部長を、きっぱり卒業します!」
そう叫んで、自分の両頬を両人さし指で押さえてニコッとした。
「……やっぱ、お前の1人妄想かよ!」
そんな彼女の右肩を強く押して突っ込みを入れる次郎。
よろける佐伯。
「……エヘヘヘヘ……」
にやけてる。
しかし、俺には泣いているように見えた。
いつも元気なように見える彼女だが、たまに人知れず落ち込んでいることがある。
彼女自身は、周りに知られないようにあまり表情に出さない。
けれど、付き合いが長いので、俺には隠しきれていない。
「佐伯。卒業なんて、哀しいこと言うなよ……」
思わず、声かけてしまう。
「お前は、俺にとって、かわいい妹みたいな
言い終わった後、しまった、と思う。
そのまま放っておけば、面倒なことを回避できたことに気づいたからだ。
しかし、時すでに遅し。俺にわかる範囲だが、彼女の表情がぱあっと明るくなっていく。
「……
また答えに困るようなことを聞いてくる。
「……ああ、同じくらいかな……」
「……お前、懲りないなー」
隣にいる次郎は呆れ顔。
「女性は、完全に振ってあげた方が、親切なのによ……」
「いえ、次郎さん。私は妹、海ちゃんと同じってことなので、振られてません!」
ニコニコしながら、言い返している佐伯。
「おい、お前。海ちゃんに知られたら、血の雨降るんじゃないのか?」
彼女に聞こえない声で、俺に聞いてくる。
「……知られなければ、いいんじゃないの?」
「なんて、楽観的な」
次郎に呆れれれた。知られた時は、知られた時さ。
そんな俺たちが会話している周りでは……
「やはり、由美ちゃんは佐々木部長に喰われてたのかー、グスン」
「佐々木部長って、鬼畜だな」
「由美ちゃんとお付き合いするには、佐々木部長という、超えなくてはならない壁がいるのか」
「部長の妹ちゃんも、結構かわいいのぜ、俺はそっち狙い!」
「佐々木クン、年貢の納め時、だな。ワシと一緒。大変だぞー、これから」
皆、好きな事言ってるな……って、最後のは、工場長かよ。
彼は結婚前、同僚を喰い漁っていたらしい。って、一緒にすんな。
付き合ってた
今現在、ノゾミ一筋だから。
佐伯の言ってることは、……まあ、未遂だから。
パン パン
次郎が手を叩く。
喧噪がウソのように静まっていく。
そうか、12時半になったか。
どうやら、俺の「結婚発表会」が始まるらしい。
もういいだろう?佐伯と工場長の取り巻きによって、概要は伝わっているのだから。
「皆さま、お待たせしました」
次郎が、いつの間に用意したのか、台の上に上がって話し始める。
「佐々木部長の、結婚発表会を、始めます」
高らかに宣言する。拍手喝采。期待されているようだ。
これは、心を決めるか。
「佐々木部長、挨拶」
驚く。いつの間にか、マイクを手に、進行している佐伯がいた。
「部長、台の上に、お願いします」
先程までがウソのように、澄んだ、機械のような声。
この工場に関わる、全会社員の集まる朝礼のときの、司会進行モードになったらしい。
そんな声に促されて、台上に上がる。
次郎からマイクを渡される。
「おい、これ、俺だけでしゃべるのか?」
「ああ」
そう言うと、台から離れていく。
1人語りは、話しにくいのだが……。
周りを見渡す。
これ、まさか、全員、俺の話を聞くために集まってるのか?ウソだろ?
全部で300人はいそうである。
佐伯が目を輝かせている。もしかして、身内目線なのか。
兄の結婚報告とかでも思っているのだろうか。
工場長と目が合う。早くしろ、そう目で訴えられた気がした。そしてニヤリと微笑んでくる。
その他、既知の各会社の要人連中。目が合うと、笑顔で親指を下に向けられた……。
……知っている顔、知らない顔、様々な会社のひとが集まっている。
大きく息を吐く。意を決して始めてしまおう。
「皆さま、お忙しい中、
会社の朝礼よりも、静かである。関心を持ちすぎだろう。
「私、佐々木 優は、結婚することになりました」
こうして、俺のため「らしい」結婚発表会なるものが、始まったのだった。
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