優しい希望
すかーれっとしゅーと
第1話 予期せぬ手紙
俺・佐々木
この都市の南側の埋め立て地にある、有名企業の工場に勤める普通のサラリーマン。
親に頼らず、1人暮らし。それにもかなり慣れてきた。
給料も困らない程度にはもらい、趣味関係も広く浅く、それなりに楽しんでいる。
友人関係には、そんなに困ることはないが、女性関係は日照り勝ち。
最近は、彼女なんて面倒なだけだろう、そんな免罪符を掲げて生きている。
平日は朝から路面電車に乗って通勤し、仲間と仕事をして、帰りは飲みに行く。
休日は趣味に勤しみ、何もなくとも平凡で平和な日常生活。
そんな生活について、俺には不服はなかった。
仕事も趣味も人間関係も順調。このまま定年まで働いて、老いていく。
結婚?そんなものはお互いにお金と気を使うだけで、碌なものではないと聞いている。
それならば、特に考えなくてもいいだろう、そう思っていた。
★★★
3月28日日曜日。
周囲のあちらこちらで桃色が目につく季節。
仕事は休み。休日出勤はたまにあるものの、基本的には土日休みとなっている。
そんな俺に1通の封書が届いた。送り主は父親…親父の名前になっている。
俺の両親は同じ県内に住むものの、少し離れている。
この時代、封書なんて送らなくたって、電話やメールでいいのに。
そう思いながら俺は座り込み、封を切る。
封筒の中には3枚の手紙が入っていた。
1枚目・・・親父からの手紙
2枚目・・・誰からなのかわからない手紙
3枚目・・・婚姻届?そして何項目かは記載されている。
婚姻届。なぜそんなものが……。
結婚。一瞬でそんな言葉が頭を駆け巡る。だが、何も聞いていない。
混乱しそうな自分自身を奮い立たせて、そんな思考を遮断する。
まずは手紙を読もう。
1枚目。親父からの手紙。
最初は実家の近況とか、結婚はまだだろうとか、当たり障りのない文章が続く。
中盤辺りから、お前もそろそろ身を固めろとかそんな話になり、本題に。
俺には言ってなかったが、
親父の従兄の娘に当たるらしい。黙っていてすまなかったとも。
そして、相手さんは乗り気なので、まあがんばれ、と他人事のように書いて締められていた。
婚姻届が同封されていたこともあり、予想はしてたが……。
それにしても、いきなりすぎる。
親父の従兄の娘ということは、俺にとっては、また従姉妹に当たることになるのか。
そんな会ったこともないような
「まあがんばれ」とは、いったいどうなんだろうか。息子の結婚相手だぞ。
この1枚目を読むだけで、頭が痛くなる。
実家に電話しようか。いやいや、全部読んでからでも遅くない。
全貌を把握してから抗議した方が、展望は明るいだろう。
気を取り直して。2枚目の手紙を取り出す。
親父の従兄、俺の許嫁の父親、
あいだ?とおる?一瞬、聞き覚えがあるような気がした。
とはいえ、どちらも珍しい名前ではない。仕事関係で耳にしたのだろうと、思い直す。
いきなり冒頭で「久しぶり、元気してるか」から入って来た。
そして「娘とあんなに仲良くしていたから安心して任せることができる」とも。
娘の名前は「
年は16歳。高校生だが安心してほしい、こちらの学校に編入してるから、と。
近々訪ねてくるだろうから、よろしくとも書いてあった。
その後は、いかにいい娘か、俺にべた惚れなのかが綴られていた。
引き続き、3枚目、婚姻届を見る。
左側一番上の欄の「夫になるひと」のところは空欄。
隣の「妻になる人」のところには「相田 希」と記名されていた。
住所や本籍の記入箇所は、俺の書くところは空欄。
相手側の欄には、どちらも記入済である。希さん、東京のひとなんだね。
父母の記名欄にはどちらにも記入されていた。
その他は下まで未記入。
書類の右側にある、「証人」の欄には、「佐々木
親切に印鑑まで押してある。
全部の書類を読み終わり、俺はため息を吐く。
相田 希、16歳。高校生かよ。
先方とは会ったことがあるらしい。いつ会ったのかまで、書いておいて欲しかった。
「あんなに仲良くしてた」とか、希さん本人とも会っているみたいだ。
こちらの学校に編入。学校名は「
地元では有名なお嬢様学校である。小・中・高一貫校で、別世界の雰囲気を持つ。
そんな学校にいつ、編入試験を受けたのだろうか。
それよりも、そこに通うことができる、それ自体が相田家の格を感じ取ってしまう。
そんなお嬢様が俺にべた惚れ……それは、考えないようにしよう。
本人から聞いているわけではない、親の言うことである。
親は結婚させたいが、子供は違う……よくある話である。今の俺の状況もそれに当たるし。
「近々訪ねてくる」……挨拶くらいはした方がいいのだろうか。
完全無視は、後々怖い。というか、面倒くさい。親が乗り気なので尚更である。
16歳ということは、相手もそこまで乗り気でない可能性もある。
相手さんが嫌と言ってくれると、こちらは助かる。その方針で行こう。
その前に親父に抗議だ。そう思い、スマホを取り出す。
ピンポーン ピンポーン
その瞬間、呼び鈴が鳴る。
新聞屋か、公共放送か、はたまた宗教か。
1人暮らしのアパートの訪問者は碌なものがいない。無視に限る。
ピンポーン ピンポーン ピンポーン
なおも鳴り続ける。しつこいなぁ……無視だ、無視。
無視を決め込んでいると、30秒くらいで止んだ。
今回のは、根性入れすぎだろう……俺はそう思いながら安堵する。
すると、
「ユウ
そんな女性の、物騒な言葉が聞こえる。
ユウ兄様?俺のことをそう呼ぶのは1人しか該当しない。
「兄様」と呼ばれることが恥ずかしかったので、印象に残っている。
昔の記憶が甦ってくる。何年か前に会った小学生。
確か、「ノンちゃん」と自分のことを言っていたような気がする。
そうか、その「ノンちゃん」がなぜか俺を訪問。
知らないひとではないという確信が持てたので、玄関に向かう。
「……本当に留守なのかしら……どうしましょう……」
そんな呟く声が聞こえてくる。
「ここで合ってますわよね、違ってたら恥ずかしいですわ……」
不安になっているらしい。
「違っていたら、佐々木の叔父様に文句を言いましょう」
独り言が多いな。それだけ不安ということなのか。
「やっと結婚できる年齢になって、ユウ兄様の所に行く手筈を整えたのに、失敗は許されないですわ」
……ん?結婚できる年齢?何のことだろうか……。
とりあえず、彼女が叫び始める前にドアを開けるか。
ドアノブを回す。
カチャ
そこには、黒髪ロングの小さな女の子が立っていた。
彼女は少し驚いている。ドアが開くとは思わなかったからだろうか、はたまた別の要因か。
白いスカートに茶色のカーディガンを羽織っている。
彼女の隣には腰よりも高い、大きなキャリーバックが鎮座していた。
俺の方も言葉が出ない。
ザ・お嬢様がそこにいた。雰囲気というか、これをオーラと言うのだろうか。
30歳独身、女性関係日照り続きの男には、強烈すぎる。
「お久しぶりです、ユウ兄様」
彼女はニコッとして言葉を続けた。
「相田 希です。よろしくお願いします」
俺は、挨拶をしてくる「許嫁」に向けて、声を発することができなかった。
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