天国で待ち合わせ

盛田雄介

天国で待ち合わせ

 白い壁に囲まれた六畳半程度の病室には、ベッド上に横たわる哲也と見守る明子がいた。

「明子、俺は先に天国に行くよ」

「わかったわ。私もなるべく早く追いつくようにするわ」

「馬鹿野郎が。お前はまだ先だよ」

「私も、もう87歳よ。体にもガタがきてるし、動かしにくくなった両脚も手術したは良いけど、階段も昇れなくなる始末よ」

「そうだったな。お前が天国に来たら、また一緒に野原を走れたらいいな」

「約束よ。楽しみにしてるわ」

「それじゃ、そろそろ行くわ。またな」

「うん。あっちで私のこと、待っててね」明子は両手で氷のように冷たい哲也の右手を握り、哲也はまぶたのシャッターを閉じた。

 明子は、静かに眠る哲也の顔をしばらく見た後、医者に看取った事を報告した。

「確認しますので、少々お待ちください」医者は哲也の胸のカバーを外し、錆びついた心臓歯車が完全に停止しているの確認した。

「では、12月10日、午前7時半、ご臨終です」死亡判断を行った医者に明子は気がかりな事を聞いた。

「先生、主人は天国に行けますか」

「はい、奥さん。生前、ご主人は善良な市民であったとお伺いしています。なので、ご主人のデータは、天国サーバーに送信される予定です。まずは、ご主人のデータチップを取り出しますね」医者は、そう説明すると哲也の両耳たぶを押して額から小さなメモリカードを取り出した。

「ご主人のメモリーは確かに受け取りました。責任を持って、天国サーバーに送信します」

「ありがとうございます。でも、最近は天国に行く人が多過ぎてサーバーがパンクしてるってお聞きしたのですが」医者は落ち込む明子に1枚のチラシを手渡した。

「先月、天国サーバーは容量を10倍以上に増やしたらしく、かなり動きやすくなったと聞いています。きっと楽しく過ごせると思いますよ」

「それを聞いて安心しました。私も早く行きたいわ」明子はチラシに載っている笑顔の人々を見て安堵した。

「では、ご主人のお体はどう致しますか」

「損傷している部分以外はリサイクルに回して欲しいと生前言ってましたので、希望通りにして頂ければ大丈夫です」

「それでしたら、早急にリサイクル可能な部分を選定致します。胴体部分は長年の使用による錆びが強いので破棄致します」

「そうですね。よろしくお願いします」明子は背中からギギギと音を立てながらゆっくりと医者に頭を下げた。

「では、早速解体室へ連絡しますね」医者は左前腕を開き、内蔵されているマイクで解体室へ連絡を入れた。1分後、廊下の奥から反重力装置式ストレッチャーが飛んできて、150㎏の鉄の塊である哲也は運ばれて行った。

 明子は瞼から流れてくる洗浄液を指で拂い、下半身に装備されたキャタピラーを動かし部屋を出た。


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天国で待ち合わせ 盛田雄介 @moritayu

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