第13話 私を頼っていいんです


 たわいもない話をしていると食堂についた。


「うおぉう」


 私は食堂のあまりの広さに声が出た。


 食堂は軽く五百人は賞くじができそうなほど広く、長机と長椅子がきれいに並べられている。


 壁際には発券機が置いてあるので、そこから券をとり、奥の無人カウンターに出すのだろうか?


 それにしてもこの広さに対して発券機が少なすぎやしないだろうか?


 右と左の壁に一つづつしかないんだけど……。


「飯どうする?」


「食べましょう。さすがにおなかが減りました」


 食堂に時計がないせいでいまの時間はよくわからなかったが、私のおなかが空腹を告げていた。


 それにここまで来て何も食べないという選択肢が私にはない。


「よし、じゃあお前は好きに食ってろ。俺はさっき食ったからカウンターの奥に行って料理に使えそうなものかっぱらってくる」


 そういうとゆっきーさんはカウンターの横にあるstaffonlyと書いてある扉をぶち破って行ってしまった。


 普通に入ればいいのになぜぶち破ったのだろうか?


 なんか朝からテンションが変なゆっきーさんである。


 そんなゆっきーさんを尻目に私は一人発券機から激辛カレーを選んだ。


 別に激辛が好きなわけではないが、気になってしまったのだからしょうがない。


 食券を無人のカウンターに出すと、五分ほどで激辛カレーが出てきた。


 私はカレーをスプーンすくい、意を決して口に入れた。


「!!?!?!」


 辛い! ヤバい! 辛いヤバい辛い! なんだこの辛さは! ああぁあでもうまい! 辛い! うまい! 辛い! うまい! 辛うま!


 私は一心不乱に食べ進める。


 途中で見ずなんて考える間もないほどに辛くうまいそのカレーは、もういっそ芸術だった。


 いま私はカレーを食しているんじゃなく、芸術を堪能しているのではないだろうか!?


 そして、私が激辛カレーとの至福のひとときが終わるころにゆっきーさんは戻ってきた。


「いやーカウンターの奥ってああなってたんだな。全部ロボットが全自動でやってたぜ? ってお前すごい汗だぞ?」


「え! 私も見たい! ……え? ヤバいですか?」


 と汗を気にしながらもstaffonlyの扉の奥に行こうとしたが、


「ああ、いや、すまん。包丁とか棚とかいろいろ盗ったら動かなくなっちまった……」


 入る前にその真実を告げられた。


「えぇ……」


 そして、私とゆっきーさんは少し残念な思いをして食堂を出た。


「そういえば食堂が使えなくなったってヤバくないですか? この施設の人たちが使えなくなりますよ?」


「お前気付いてなかったのか? ここの住人は食堂使ってないぞ?」


「え?」


 なんですと?


「机とか食券機とか結構ホコリがあっただろ? 気づかなかったのか?」


 ……気づかなかった。


 ゆっきーさんはよく見てるなぁ。


「どうやらこの施設は珍しく自炊してるみたいだな。一応、貯蔵庫にはそういうのもあるし」


「じゃあなんで食堂から盗ったんですか?」


「貯蔵庫になかったんだよ」


 私が寝ている間に行ったのかな?


 それにしても、たぶんいまゆっきーさん嘘つかなかった?


 いや、なんとなくだけど……。


「……」


「……」


 少しの間、私たちは無言で管理室に向かった。


 本当なら正司さんから聞いた事件のことや今までのことなどいろいろと聞きたいことはあるが、聞くのはやめた。


  思えばさっき起きた頃からゆっきーさんは少し変だった。いや、いつも変だとは思うがそれとは違う変だ。


 いつもより無理やり楽しそうにしていたし、いつもよりテンションが高かったし、箪笥に洋服入れるのだって別にあのタイミングじゃなくてもよかった。


 無駄に計算高いゆっきーさんにしては何も考えてないことが多かった。


 たぶん、私が寝ている間になにかあったんだろう。


 それが何かはわからないがとてつもなく辛いことだったのかもしれない。


 だからやめた。


 そんな状態のゆっきーさんから辛い話を聞くのは忍びないし、私の好奇心で古傷をえぐる必要はない。


 たぶん、いつか話してくれるだろう。


 それまでは出来るだけ聞かないでおこう。


「……なあ、お前さ、俺に聞きたいことないの?」


 でも、ゆっきーさんから話を振ってきた。


「いや、なんか聞きたそうな顔に見えてさ。それに正司からいろいろ聞いたんだろ?」


「……」


 ゆっきーさんの顔は見えないけど、なぜか泣きそうな顔をしている気がした。


 そんなに話したくないのか、それとも私が寝ている間に起こった何かが原因かはわからないけど、私の答えは一つだ。


「聞きたいことはありますが、いいですよ話さなくても」


「……え?」


 ゆっきーさんは意外そうな声を出した。


「話したくないなら話さなくていいといったんです。そもそもそういうことは無理に聞くものではないと思いますしね。私たちはいまを生きていて前に進むんです。過去のことに目を向けすぎるのもどうかと思うんですよね」


「……なんだそれ」


 ゆっきーさんは少し吹きだしてそういった。


「笑うのはひどくないですか!? そもそもゆっきーさんはもっと自分をさらけ出したらいいんですよ。たまぁになにか堪えてる顔したり、どうすればいいかわからないような顔してますよね?そんな難しいこと考えずに楽しいなら存分に笑っていいんです。うれしいんなら全力で喜んでいいんです。周りを気にしないのは得意そうじゃないですか。話したくないなら話さなくてもいいんです。でも、それで辛くなったら話せばいいんです。悲しければ泣いていいんです。誰も責めたりしませんから」


 なんか説教みたいになってきたしまった。


 でもこのさいだから言いたいことを言ってしまおう。 


「そもそもゆっきーさんはいろいろと背負いすぎなんですよ。もっと気楽でいいんです。それに私もいます。成り行き上ですがこれからも一緒にいるんですから何かあったら私を頼ってくれてもいいんです。ケンカ相手とか話し相手ぐらいにはなりますし、一緒にいろいろ背負ってあげます」


 そういって私はゆっきーさんに笑いかけた。


 辛いことも悲しいことも案外誰かと共有すれば大丈夫になることがあるそうだ。


「話さなくていいって言ったり、話し相手になるって言ったり、つまり何が言いたいんだよ?」


「少しは頼ってくださいってことです」

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