第1章 俺たちは生き続ける

第1節 俺は生きる

第1話 俺は生きる


 この施設は快適だ。


 食べ物はこれから何年も生きていけるだけの貯蔵があるし、詳しくはわからないが太陽光の代わりに光の照射で食物の栽培もされている。


 飲み水は井戸があるし、地上で雨が降ればそれを飲み水にして保存してくれる。

 

 電気も通っているし、風呂も布団もある。


 それどころか住民全員が使ってもあまるほど部屋が用意されている。


 仕事もないから一日中部屋にいても怒られない。


 食べ物の支給時間や朝の点呼などルールはいろいろあるが、それだけだ。


 これを快適と言わずなんと言えばいいんだろうか?


「加藤さんがみつからない?」


「はい、朝の点呼のときにいなくて……いろいろな人に話を聞いたのですが、みなさん昨日から見ていないらしく……」


 そんなことを考えながら食糧庫の中で作業をしていると、施設の管理者の男女が見回りにやって来た。


 管理者、というのはその名の通りこの施設を管理している人間のことだ。


 だいたいは元政治家や元大企業の幹部が管理者の幹部をやっている。

 

 といっても今のように見回りをしているのはその家族か幹部に気にいられた人間だ。


 たとえ地上にいられなくなっても権力は残っているというのは、なんとも人間らしいことである。


 この施設の管理者は二十人ぐらいいて、仕事内容は一般人に自分たちが作ったルールを守らせることと重要施設の管理だ。


 この施設のルールは、

 1.犯罪を行わないこと。

 2.立ち入り禁止区域には入らないこと。

 3.朝、昼、夜と配給前に点呼をとること。

 の三つ。


 施設ごとにルールは違うが、この施設のルールはこんな感じ。


 普通に生活していれば破ることはないし、破った場合、この施設からの強制退去させられる。つまり怪物たちが跋扈ばっこする地上に放り出されるということなので、破るやつはいない。


 あとは重要施設の管理だが、管理といっても栽培や発電、水のろ過などの施設はヒーローたちが使っていた超科学や超魔術によって勝手に動いているので、普通の人間には手が出せない。


 それに、食べ物は時間になったら食堂に勝手に運ばれている上に料理もしてくれるし、水は水道から出てくるからやることはない。


 しかも、栽培施設、発電施設、食べ物や水の貯蔵庫などは管理者が立ち入り禁止区域に指定しているので、管理者以外にここに来る人間はほぼ皆無だ。


 よって、管理者といっても簡単な見回りしかしていない。


「……また、ですか」


「はい。これで今週三人目です」


 そんな話をしながら管理者の二人は食糧庫の奥に向かった。


 立ち入り禁止区域は食糧庫、栽培施設、水の貯蔵庫とすべてつながっているから、次は栽培施設の見回りに行くのだろう。


 そういえばあの二人の話の通りなら行方不明者が出たらしい。


 こんな雲隠れする必要もない施設で昨日からいないということは、もう死んでいる可能性が高い。


 ヒーローが負けてから五年。


 五年もの長い間、いつか新しいヒーローが現れてすべてを解決してくれる、という希望しか心の支えがないこの世の中で、生きていくことに価値を見出せる人間は果たしてどれほどいるのだろうか?


 この施設のほとんどの人間はこのまま何もせず、ただ生きていくだけの未来しか考えられず、地上の怪物たちにおびえることしかできず、何もない施設の中では遊び倒すことや仕事の忙しさで現実逃避することもできずにいる。


 それどころかヒーローが助けてくれる、なんて希望すら持てなくなっているやつも多い。


 その結果、自殺者が年々増えているようだ。


 しかし、絶望していても自殺ができない人間だっている。


 といっても家族がいるからとか、大切な人がいるからとかそういうを持っている人間のことではなく、どんなに絶望して死にたくなっても自分で自分を傷つけられない人間の話だ。


 そういう人間は誰かに殺してもらうか地上に出る。


 この施設には出入口が一つしかないが見張りはいない。


 なぜなら、個体差はあるが怪物には人間の居場所を探知できる能力があるため、出入口に人がいると施設の場所がバレてしまう可能性が高くなるからだ。


 つまり地上に出ようと思えば案外簡単に出られるのだ。


 さて、ここで行方不明者が増えているということについて考えよう。


 まあ深く考えなくてもわかることだが、死人が増えた、ではなく、行方不明者が増えた、という話だ。


 つまり地上に死にに行く人間が増えているのだろう。


 他の施設のように無理やり仕事をやらせたり遊ぶものを作ったりすれば自殺者や行方不明者が減るかもしれないが、今までそんなことを考えられなかったこの施設のトップがそんなこと思いつくはずもない。


 まあ、俺には関係ないとは言えないが正直、他人が死のうがどうでもいい。


 もう作業も終わったし、そろそろ行くとしよう。




 俺は食糧庫を出て、施設の出入り口に向かう。



 

 いろいろ見てきたがここはもうダメだ。


 怪物にはしゃべるほどの知能はないが別に本能だけで動いているわけではない。


 これ以上行方不明者が増えるのであればこの施設の場所がバレ、襲撃されることだろう。


 そうなる前に俺はここを出よう。


 まさかここに来て一週間で出ることになるとは思わなかった。


 誰にも気づかれずに侵入し、空き部屋を拠点に食糧庫の場所を確認。管理人の行動パターンを調べてカギを盗み、食糧庫に侵入。本当ならそのまま少しの間食糧庫で過ごそうかと思ったが、まさかここがもう襲撃されるレベルになってるとは。


 さすがに侵入前ではわからなかったな。


 まあ目的の食糧はかっぱらったし、水も手に入った。


 俺のこともバレていないし、成果としては上々だろう。


 そんなことを考えながら出入口の扉に手をかける。


 俺は義元よしもと正行まさゆき


 すべてが終わってから五年。


 ヒーローが負けた地上で生き続けるただ一人の人間だ。


 俺はこれからも生き続ける。


 たとえどんな手を使ってでも……。










 扉を開けると、すぐそばに狼男のような怪物がいた。


「あ……」


 俺は一瞬硬直し、声が漏れる。


 狼男は獲物を捕まえるハンターのような目で俺のことを見つめ、俺のことなんて簡単に引き裂けそうな大きく鋭い爪を構え、噛みつかれたら一巻の終わりであろう大きな口をなめ、身の丈二メートルは優に超える巨体で飛びかかってきた!



 ……生きていたらまたお会いしましょう。

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