第四章 -3

 やってきたのは、駅前のファストフードの二階席。

 窓際の椅子にどっかりと座り込んだ目つきの悪い男は、一杯百円セール中のLサイズコーラを一息で飲み干すと、おもむろに自己紹介を始めた。

「俺の名は野上原のがみはら画陸がりく。六玖波大学附属、筑穂台学園高校の一年だ」

 ということは、俺のひとつ年上か。見た目がアレなのでもっと上かと思っていた。

 ……が、正直に言うとまたアイアンクローを食らいそうなので自重しつつ、俺も名を名乗っておく。

「こっちは千現坂中学校三年の那珂湊幸太。……やっぱ先輩、って呼んだ方がいいのかな」

「好きにしろ。今はそんな些末なことに拘っている余裕はない」

 吐き捨てるように言う。

 そのいかにもな物言いは、まさしくガリクそのものだった。

「あの……ひとつ確認なんだけど。あんたも、その姿が本来の姿ってことでいいんだよな?」

「……当たり前だ。小動物の姿なんて、夢の中だけで十分だ」

 俺はその言葉に少しだけ安堵し、そして本題に入るべく口を開いた。

「ってことは、俺たち二人とも、同じ夢を見ていたってことなのかな」

「結論から言えば……そうなる。赤の他人同士が偶然まったく同じ展開の夢を見た、……なんてことがあるはずないからな。正確には、同じ夢を見ていたのか、それともどちらか一方が見ている夢をもう一方が覗き見ていたのか……詳細は不明だが、とにかく、それが事実だ」

「……これって、どういうことだと思う?」

 野上原画陸は腕を組み、考え込むように背もたれへ身体を預けた。

「分からん。だが少なくとも、俺の周りであの夢を見ていそうな人間はいなかった。一応絵空えそらにも変な夢を見ていないかどうか訊いてはみたんだが、何を言ってるんだと一蹴されたしな」

「……えそら?」

「貴様も知っているだろう。あの夢の中ではソラエと名乗っている女の、現実世界での名前だ」

「ソラエだって? あんた、こっちのソラエのこと知っているのかよ?」

 俺がオウム返しに訊くと、画陸は少しばつの悪そうな表情を浮かべた。

「……多少な。どうやらあの夢に出てくる登場人物は、こちらに実在する人間をモデルにしているらしい。絵空の友人も何人か、王宮で働く女中役で出演しているのを見たことがある」

 なるほど、夢見乃夢叶と同じパターンか。俺はまだゆめかに訊いたことはないが、その絵空って娘と同じような反応をするに違いないだろう。馬鹿にされるだけじゃ済まない気もするが。

「DOKONOビルの消失も、俺はあの夢に原因があると思っている」

 画陸は身を乗り出し、再び窓の外の、かつてビルが建っていた場所を睨み付けた。

「ビルが消失したのは昨日の今日だ。俺たち以外の人間は、そもそもそこにビルがあったことすら認識していない。俺たちの共通点があの夢にある以上、あの夢が関係しているとみて間違いないだろう」

「でも、何の前触れもなしにいきなりビルが消えて、しかもみんなの認識が変わっちまうなんて……そんなのありえるのかよ? それじゃまるで、現実が書き換わっちまったみたいじゃねえか」

「みたいじゃなくて、書き換わったんだよ。昨日の事件によってな」

「……事件?」

 確信を込めて画陸が言うが、俺には何のことだか理解できない。

 画陸はため息を一つ吐いて、

「なんだ貴様、相当鈍いな。気が付いていなかったのか」

「え? 事件って、別にテレビのニュースでは何も……」

「あっただろう。九嬰とかいうナイトメアの襲撃事件。あれによって、ノイアード市街の塔のひとつが崩落した。……地理的に言えば、崩落した塔の位置はDOKONOビルと全く同じ位置だ」

「そ、それ……どういう意味だよ」

 思いがけないことを指摘されて、上ずった声を出してしまう。

 画陸はその質問に答えた。

「貴様は杖の上からノイアードの街を見たことがないのか? あの夢は、こちらの世界を模倣している。それは人間だけじゃない。建物や街の造りだって同様だ。つまり――。そういうことだ」

「まさか……あの夢とこの現実は、リンクしているって言うのかよ?」

 俺の驚嘆に、画陸は泰然と頷いた。

「これまでのナイトメア戦でいくつかノイアードの建物が壊されているが、それらに相当する六玖波市の位置を確認してみるといい。そこにある建物はすべて何らかの形で消失していたり、ガス爆発などの適当な原因で半壊していたりしている。それらが夢世界の影響を受けた結果だ」

「そんな、だって、あっちは中世じゃねえか。時代や文明だって全然違うし……」

「電気は魔力で代用されているだろう。建物も建材こそ違うが、二階建て鉄筋コンクリートの場所には二階建ての煉瓦屋根の家が建っている。国道もアスファルトに対して石畳だ。自動車が馬車に置き換わるような違いはあれど、少なくとも体裁としては似通っているんだよ」

 ――確かに、ノイアードの街を初めて見たとき、なんとなく懐かしい感覚はあったんだ。

 だが、ノイアードが六玖波市の模倣で、

 しかも現実世界に影響を与えているなんて――。

「……にわかには信じられない話だな。それじゃあの夢は一体なんなんだ? 予知夢の一種と言うのなら眉唾なりに現実味もあるかもしれないが、俺たちの体験しているあれは、ビルがあったという認識すらも変えちまうって言うのかよ? それこそ夢の中のおとぎ話だぜ」

 当然ながら、その問いの答えを画陸は持ち合わせていない。

 しかし、と彼は口火を切って、

「あの夢が何なのか、という疑問は把握しておく必要があるだろう。ナイトメアの行動が――ひいては俺たちの行動が、この現実に最悪取り返しのつかない事態を招く可能性がある。それに、そもそもあの夢を見ているのが、俺たち二人だけなのかの確認もしたい」

 そう言うと、画陸は座席から立ち上がってテーブルの上のトレイを片付け始めた。大柄な彼がやると、こんな普通の行為でも威圧的に感じるから不思議だ。俺も慌てて席を立つ。

「確認したいって、夢に出てくる連中に訊いて回るのかよ? ソラエは知らなかったんだろ?」

「……貴様、少しは考えろ。モデルになった大多数の人間は事態を把握していないのに、なぜ俺たちだけは把握している? 俺と貴様の共通項を考えれば分かることだろう」

「あ、そうか、アリエス……!」

 俺の呟きに画陸は頷き、

「あいつの居場所には心当たりがある。もしかしたら、俺よりも事情に明るいかもしれん」

 トレイの上の包み紙を、ゴミ箱の中に放り込んだ。

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