メンタル人狼

Yuu YOSHIMURA

第1話

大学の図書館の一階にあるスターバックスで、まるで1970年代のような丸眼鏡をかけた男と飲み物をすすっていた。

「“メンタル人狼”というゲームを知っているか?」

彼はにこやかに話かける。

「シャミアーらの考えたメンタルポーカーの仲間だ、ただこれを考えたのはシャミアーではなく日本人だが」

「人狼は、最もシンプルなルールにおいて、プレイヤーを“村人”と“人狼”という二つの陣営に分割する。そして人狼は夜、村人に内緒で村人の中から一人を選び、彼または彼女を殺害する。そして全プレイヤーは昼になると自由に話し合いをして、その後投票で人狼と思われるプレイヤーを処刑する。このように夜と昼を繰り返していき、人狼を全て処刑した場合は村人が勝利し、村人の数と人狼の数が等しいまたは人狼が多い場合に人狼が勝利する、というゲームだ」

「このとき一般的な人狼においては、投票や夜の殺害、そもそも最初のグループ分けに“ゲームマスター”という特別な存在が必要になる。そして、ゲームマスターは人狼と村人のどちらにも協力しない公平な存在であるという仮定の下で、このゲームは公平性を保つことができる」

「逆に言えば、ゲームマスターがどちらかの陣営に協力した場合、人狼は公平なゲームではなくなるということだ。これは脆弱だ。特に、インターネットなどが普及した現代において、人狼はLINEやSkypeなどの通信越しに行われるため、本当にゲームマスターが誰かと協力関係にないのか誰にも分からない」

「そこでメンタル人狼は、人狼からゲームマスターを排除したゲームとして開発された。基盤にはメンタルポーカーの技術を使っている。どういう原理でゲームマスターを排除しているのかを詳しくは説明しないが、暗号技術に基づく信頼された方法だ。ゲームマスターを排除したので、これでゲームがより堅牢になったように思われた」

「ところが最近になって、“ビジランティ”というシステムが登場した。これはメンタル人狼のアカウントを管理するシステムだ。素のメンタル人狼にアカウントなど存在せず完全な匿名で行なわれるが、ビジランティはパスポートのICカードに含まれている公開鍵を登録して認証を行うシステムで、プレイヤーが昼にコミュニケーションを行うときに、このビジランティのIDを名乗る。ビジランティにはプレイヤーの間での評価や、本来は匿名である誰が誰に投票したという情報を教えることができ、それらを下に機械学習などを用いて昼に誰を処刑するべきか決定する。それをユーザーにブロードキャストして、ユーザーはこれに従っていると勝てる」

「こんなシステムを誰も使わないと思うかもしれないが、使われている。このビジランティに従って行動していると安心するし、逆に従わない者は昼の投票で優先的に処刑されるようになっている。もちろん、ビジランティを使っていない者、つまりIDを名乗らない者も優先的に処刑される」

「何が言いたいかというと、結局、ビジランティが新たなゲームマスターになってしまったということだ。ビジランティの決定に従って投票することで、ビジランティに信頼され、昼に処刑されにくくなる。公平さを求めてゲームマスターを排除したにも関わらずプレイヤーの多くは最終的に何かを信頼せずにはいられないということかもしれない。つまりビジランティが裏切ったらゲームに敗北するというのに、もはや誰もそうとは考えない。ビジランティはオープンソースだが、サーバーサイドアプリケーションなのでデプロイされているプログラムが本当にGitHubで公開されているプログラムなのかは管理者にしか分からない。ちなみに開発者自身の人格を予測されないようにするため、GitHub上でのコミュニケーションやコミットメッセージは全て空になっている。プルリクエストはマージするか、リジェクトするかの二択だ。これはなかなか興味深い」

「システムに従ってプレイするなんておもしろくないだろうと考えているかもしれない。だが、彼らは聖書に従う十字軍だ。十字軍に対して、聖書に従っていておもしろいのかと聞いたらなんと答えるだろうか?」

「実は、自分もこのビジランティと同じシステムを考えていた。まあパスポートではなくマイナンバーカードを想定したが、たしかに国際的な観点からマイナンバーカードよりパスポートの方がいい。それはともかく、自分もビジランティと同じようなシステムを作った。二番だったが」

「二番じゃなんの意味もないと思ったか? でもまあ二番でもいいんだ。確かにビジランティはメンタル人狼においてゲームマスターのような、神のような存在になっているが、人狼にはもう一つの勢力がある」

「自分のシステムは、人狼サイドにおける神だ」

「そして、自分のGitHubアカウントにビジランティの開発者からメッセージが来た。端的に言えば、英語でどちらのシステムが強いのか勝負しようと言っていた。ちなみにこのメッセージは、ハリーポッターの小説から近い意味のセンテンスを取り出して作られていて、恐らく昼のコミュニケーションで人格を推測されないようにするためだろう」

「ということで、どちらの神がより強いのかを決めることになった。どうだろう、卒論のテーマにはちょうどいいボリュームではないだろか。または情報科学以外の論文を書けるかもしれない。信頼できないという理由で神を排除したゲームにおいて、人々が再び神を生み出すということについてとかな」

「メンタル人狼の暗号技術のプロトコル解析やそういう部分の実装などをおまえが担当して、確率的処理については自分がやり、残りは彼女に任せるというのはどうだろうか?」

「よければ、秘密分散で作ったパスワードの一部を渡そう。そういえばこの秘密分散もシャミアーの理論だ。彼は天才だ」

「ちなみに、我々のパスポートの公開鍵はすでにビジランティに登録してあって、自動でビジランティに従ってプレイするプログラムで評価を高めてある。そうしないと、すぐに処刑されてしまうからな。おまえのパスポートの公開鍵はおまえが講義を取っている間に部屋の鍵をピッキングで開けて取得した。ピッキングはラスベガスのカンファレンスで練習したんだ」

「まあ、とはいえ自分のプログラムでは昼の自然言語によるコミュニケーションを行うことができないから、ビジランティからはすでにプログラムだと知られているかもしれないが、まあ何もしないよりよいだろう」

「返事は今日中に頼む。じゃあ、コーヒー代は院生の奢りにしておこう。何か質問は?」

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