二日目

二の一【恐怖と月見里】

 小鳥遊の家を出た後、僕は『判じ物』について調べるために、若草図書館に戻っていた。

 たとえばの話、もしこの計画が失敗してしまったら沙織さんは悲しむだろうか。そもそも、“悲しむ”とは何なのだろうか。言葉は知っていても、どういうものかよく分からない。そういうことを考えると、ロボットとは本当に不便なものだなと、ロボットながらに思う。

 さっきの私の笑みだって、なぜ笑ったのかは分からない。僕はただ、任務を遂行しただけなのだ。

 あれから僕は、自分の何かが消えていっているという恐怖を感じるようになっていた。いつか自分が消えてしまうことが、とても怖かった。消えたくなかった。できることなら、もう一度沙織さんに会いたい。そんなことを考えてはいけないと、本を読むことに思考を戻した。

 本で調べて分かったことだが、小鳥遊は一つ間違えをしていた。『月見里やまなし』の意味は、もともと山梨が平らだったからだと小鳥遊は言っていたが、本当は違った。本当の意味はのになぁというものだった。

 もしかしたら彼は、将来山梨を山無にする張本人だったのかもしれない。

 疑問に思っていた事を全て調べ終わった後に外に出るともう真っ暗で、時計を見ると六時前を指していた。

 次の目的地へは『三恵の大ケヤキ』というものを見てから行くと良いと言われた。それは、ここから徒歩で三十分のところにあるらしい。

 無表情のロボットは北東へと歩き出した。

 ♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎

「ここ、か」

 その場所にあったのは『三恵の大ケヤキ』の名前通りの、大きなケヤキの木だった。

 数年前に落雷をしたからか、木の形は綺麗ではないが、その大きさにはえも言われぬ迫力を感じる。

 落雷によって傷のついた場所には、人の手により樹脂のようなもので補修がしてあり、自重で倒れぬようにと柱も立ててあった。そこには人の愛を感じ、数十年後にはここも更地になって他の木が植えられるのだと思うと、悲しく思えた。

 山梨の人々の手で守られて来た千年の歴史を、数十年後には潰してしまう。

 この時代の人が、その事実を知ったらどんな想いを抱くのだろう。

 この心地良い涼しさと、美しい木漏れ日を、潰してしまって良かったのだろうか。

 この木は、こんなに強く生きているのに。

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