【自衛隊青春小説】大空へ駆けのぼれ

島村

プロローグ

撃墜!?

 真夏の雲が、瞬く間に視界の外へ飛び去ってゆく。


 眼下に広がるのは太平洋。キャノピー越しの頭上には抜けるような深い青空。あちこちに湧き立つ雲が強烈な日差しを浴びて輝いている――そのまばゆい光を背に、遥か彼方を高速で飛行する一点の黒い機影。


 目標発見!


「対抗機、2時方向。攻撃に入る。ジッパーはサポートに回れ!」

『了解』


 僚機ウイングマンに告げるや、俺はスロットルを押し込み操縦桿を横に倒した。F-15が瞬時に翼を傾ける。同時に彼方の対抗機が反転した。こちらを撃ちに向かってくる。


 戦闘開始ファイツ・オン


 背後を取るか、取られるか。

 操縦桿をめいっぱい引き、できる限りの小さな半径で機体を旋回させ続ける。相手に内側を取られて機首を向けられたら、即座にロックオンされて撃墜だ。


 体重の8倍を超える重力加速度Gが容赦なく全身を圧迫してくる。高Gに呻きながら、撃てる一瞬を狙いにいく。2対1の空中格闘戦。数ではこちらが有利なはずだ。


 絶対に仕留めてやる……!


 空気を切り裂くF-15イーグルの翼端が雲を曳く。体を押さえつける圧力に抗い、渾身の力で上半身をひねって対抗機の姿を確認する。逆光に黒く影になった機は、まだ互角の位置だ。


 体にのしかかる凄まじいGのせいで、視界が色をくしていく。歯を食いしばり息を詰め、否応なく下半身に引き下げられる血液を無理やり頭へ押し戻す。


 短く息を継ぐ一瞬の合間に、編隊長リーダーの俺は自分の上にいるはずのウイングマンに指示を飛ばした。


「ジッパー、入ってこい!」

『了解、入る』


 ウイングマン・ジッパーのくぐもった声が無線越しに即座に応える。

 俺が対抗機を追い、ウイングマンが上方から内側に切り込んで撃ち落とす――そのつもりだった。


 突然、コクピット内に甲高い警報音が響いた。


 ロックオンされた!?――振り仰いで対抗機の位置を確認する。だが、その機首はまだこちらを捕らえてはいない。

 こちらが2機、相手は1機のはずだ。

 誰が――一瞬混乱した、その時。


『ロックオン――』


 ジッパーの声がヘッドセットから聞こえてきた。


 焦って首を回し、ウイングマンを空の中に探す。俺と対抗機が弧を描く軌道の斜め上に、陽を受けて鈍く光る機影が小さく見えた。ジッパーだ。そしてその機首は見間違えようもなく明らかに俺に向かっていた。


 まさか――。


『フォックス・ツー!』


 ジッパーの低い声が、短距離ミサイル発射をきっぱりとコールする。


 ――まさか! ありえないだろ!!


 俺に向かってウイングマンのジッパー機が、上方から俺と対抗機の軌道を一気に突き抜けた。速度に任せて降下しつつ、その場を悠々と離脱してゆく。


 その姿を茫然と目で追うだけの俺の耳元で、ウイングマン役をしていた教官ジッパーの不機嫌な声が無情に響いた。


『イナゾーは撃墜判定。訓練終了』


 あろうことか、俺は自分のウイングマンに見事に「撃墜」されたのだった……。

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