9-36.キャスラー・シ・リン

「……よいせ、っと」


 ミソギは瓦礫の山を踏み分け、最も損壊の激しい場所に降り立った。傍には時計を失ってしまった時計台が、哀れな姿を晒している。元々は商店街の共同倉庫であったため、地面には焼き焦げた商品や防災用の備蓄が転がっていた。

 辛うじて崩れずに残っていた壁の一部の上に、ミソギは見慣れた影を見つける。全身傷だらけの男は、流れる血を物ともせずに葉巻を吸っていた。


「生きてる?」

「死んでいるように見えるのか」

「あんたが怪我してるのなんて初めて見たよ。この前言っていた「同胞」と戦っていたんだろ? そいつはどうしたのさ」

「食った」


 ホースルが何でもないような調子で答えたため、ミソギは一瞬流してしまいそうになったが、慌てて聞き返した。


「食った?」

「無理矢理こちらの言葉に直せば「食葬」と言ったところか。相手に敬意を表して食うことがある。食うと言っても経口摂取ではないがな」

「それって平気なのかい?」

「問題は無い。だが、食うと相手の性質まで取り込むので……」


 ホースルの言葉の途中で、ミソギの足元に雷が落ちた。


「少し力が制御出来なくなるが、すぐに慣れる」

「先に言えよ!」


 憤るミソギに、ホースルは軽く謝罪しただけだった。しかしどこか楽しそうな様子にミソギは不審に思って問いかける。


「どうしたんだい? なんだか楽しそうじゃないか」

「久々に思い切り力を振るえると思ったのだが、存外期待外れだったのでな」

「それで楽しくなるって、相当性格悪いよ」


 ミソギは焦げた足元の土を蹴り上げた。砂となって散っていく土を見ながらホースルは続けた。


「ラドルという、私より若い者だった」

「そいつ?」

「イクス・シ・ラドル。調停の破壊の鎖という意味だ。我々は生まれた時に名前をもらい、その名前に沿った力を得る。やがて力が強くなれば冠名を与えられる」

「何、急に。こっちはあんたについて詳しく知りたくないんだけど」

「私の名前はリンだ。キャスラーが冠名となる。お前たちがいつも呼ぶのは、私の名前ではない」

「だからどうだっていいよ」


 面倒そうに言ったミソギだったが、ふと興味を覚えて前言を翻した。


「あんた、預言書に出てくる大魔導士マズルが自分の兄だって言ってたよね? じゃああれも名前じゃないの?」

「我が兄はマズル・シ・レルム。「最初の破壊の炎」という意味だ。人々に魔法を教える最初の者として、その使命を果たした」


 宙に雷が細く走る。ホースルは困ったような顔をした。


「どうにも制御が効かないな。すまないが妻子に、暫くいなくなると伝えてくれないか。傷の治癒も必要だ」

「暫くって?」

「傷が治るまでだ。何しろ人間どもの技術では治せない」

「ざっくりしてるなぁ。何、じゃああんたの奥方に「旦那さんは化物を食ったので帰れません」って伝えればいいわけ?」

「意地の悪いことを言うな。フィンが物騒だから商談で外国に行ったとでも伝えてくれれば良い」


 ホースルは立ち上がると、葉巻の煙を深く吸い込み、空に向けて吐き出した。どこかのバーで酒を飲んでいるかのような佇まいに、ミソギは思わず苛立ちを覚える。しかし長い付き合いで、苛立ったところでどうしようもないことも知っていた。


「じゃあ伝えておくけど、ちゃんと戻ってきなよ。双子ちゃんもいるんだし」

「わかっている」

「本当かなぁ」


 こちらに背を向けたホースルに、ミソギは何となく呼び止めついでに問いかけた。


「「キャスラー・シ・リン」ってどういう意味なんだい? 伝言の駄賃に教えてくれてもいいだろ?」

「……リンは「剣」、キャスラーは「最後」、シは「破壊」」

「最後?」

「そう。私は「最後の破壊の剣」」


 一瞬だけ、その背中に剣で出来た羽のようなものが見えた。だがミソギが瞬きをする間に跡形もなく消え失せる。ホースルは振り返りもせず、煙と共に言葉を吐いた。


「貴様ら人間の、最後の災厄だ」

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