9-32.物騒な待ち合わせ

 軍から出動した小隊の一つは崩壊した商店街の手前で停滞していた。そこには一人の男が、彼らを迎え打つように立ちふさがっている。いつもは軍服姿だが、私服姿でも男の容姿は、その腰に差した片刃刀のようによく目立っていた。


「クレキ中尉、そこを退いてください」

「気にしないでいいよ。人と待ち合わせしてるだけだから」


 その言葉をまともに捉える者はいなかった。ミソギは明らかな殺気を放ちながら、右手を刀に添えている。誰か近づけば即座に斬ると、態度が示していた。最強の剣士を相手に話さなければならなくなった小隊長は、その身の不運を嘆きながら言葉を重ねる。


「理由をお聞きしても」

「何? 待ち合わせの?」


 ミソギはそう聞き返しながら、リムが持ってきた手紙のことを思い出していた。隊長のランバルトは移民狩りが激化した時のことを考え、ホースルに裏ルートでの武器売買情報を調べるように依頼した。ハリから武器が大量に運び込まれたことを知ると、今度はミソギに手紙を送った。内容としては非常にシンプルなものであり、「移民狩りが起きそうな地区を特定しろ」と書かれていた。


 軍からも制御機関からも適度な距離があり、移民が多く、そして進入経路が限られる場所。敵とて馬鹿ではない。四方八方から攻め入られるような区画を標的にするとは考えられない。此処の商店街は昔から貴族階級が多く住まう場所であり、王政時代はライラック侯爵家の領地だった。そのため隣接する区画を行き来する道が限られている。

 ミソギの読みが当たったのは、背後の惨状がよく示していた。


「……特定するだけなら、わざわざ俺に頼んだりしない。要するに軍を止めろってことだ」


 聞こえないように呟いたミソギは、相変わらずの微笑を口元に湛えたまま周囲を見回す。何人かの若い軍人が怯えたように顔を引きつらせるのが見えた。だがそのうちの一つが自分を見ていないことに気が付いて、ミソギは背後を振り返る。瓦礫で半壊した石畳の道は奥の住宅街まで続いているはずだが、今は土埃のために見えない。その煙を背景にして、一つの影がこちらへと近づいてきた。

 長身で引き締まった体躯。鮮やかな金色の髪に遊牧民の女がよく使う飾り布を巻きつけ、その赤色が曇天の下で血のように映える。背中に背負った大剣を見ずとも、皆それが誰か理解し、一歩ずつ後ずさった。


「よぉ、疾剣」

「その分だと、ちゃんと届いたみたいだね。隊長が国境軍に送った手紙は」

「墓参りしてたら昔の上官殿が来たからびっくりしたぜ。名前忘れたけど」


 カレードはミソギの横に立つと肩を竦めた。


「しかも、急いで戻れと来たもんだ。驢馬借りて徹夜で戻ってきたんだから感謝しろよ」

「はいはい、感謝ね。今度暇な時にしてあげるよ。中はどうなってる?」

「あまり目立つなって言われたし、いろんな場所が崩れてるからよくわかんねぇけど、一角獣の旗ぶら下げたお屋敷のところに人が大勢いた」

「セルバドス家か。まぁあの一族が黙って見過ごすわけもないよね。移民をそこに集めて徹底防戦ってとこか。……あまり良い策じゃないな」


 正直な感想をミソギは零した。人道的観点から見れば移民を匿う行為は立派であるが、それを餌にして移民狩りの連中を煽るような真似は、一歩間違えれば自殺行為である。政府関係者、または軍人としてあるまじき行為だと言われても無理はない。


「事が収まってから、どう言い訳する気かな」

「言い訳って?」

「だから移民を匿ってたことだよ」


 カレードはそれを聞いて、紺碧の瞳を何度か瞬かせた。


「移民?」

「中にいるはずだよ」

「そいつらなら全員、リムのところに行ったと思うぜ? 俺、逆側から来たから見たもん。あの屋敷に入っていった連中が、菓子だの飯だの抱えて裏口から出て行って、あいつの家の方に向かったの」


 黒い瞳を限界近くまで見開いたミソギは、カレードの言葉が終わるや否や笑い声をあげた。今までのわざとらしいものではなく、純粋な気持ちからあふれ出したものだった。


「疾剣?」

「なるほど、それなら鎮圧さえしてしまえば「正当防衛」で片づけられる。料理の準備をしてあるってことは、中は一応パーティが出来る状態になっているんだろう。何かの記念日だと言い張れば、骨董品の紋章旗を出していることも正当化出来る」

「何笑ってんだ? 変なキノコでも食ったか?」

「お前じゃあるまいし、そんなもの食うか」


 ミソギは目の端に浮かんだ水滴を指で拭い、地面に払った。

 目の前の軍人たちは、唐突なミソギの笑いに戸惑っている。しかしそれを疑問符として上げる度胸はないらしく、近くの仲間と目配せをするだけだった。


「この阿呆踊りもそろそろ終わりだ。それまでは大剣、此処で俺と雑談でもしてようか」


 楽しそうに言った剣士の頭上で、一際大きな雷が走った。

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