8-9.コンテストの裏側
「……それで人を殺す仕掛けを作ったとでも?」
「ううん、あくまでお店側が作ったのは「魔法を使うと反応するもの」だったと思う。例えば、白い蒸気が吹き上がるような、目立つけど無害なもの。どこでイカサマが行われても良いように、仕掛けはテーブル全体に対して設置された」
「貴女はその装置を利用したんです。魔法を使うとテーブルの上に散布されたものが蒸発する。貴女は元々無害だったそれを、彗星の毒にすり替えた。オルバさんはパフォーマンスのために魔法を使い、そして気化した毒を吸い込んで死んでしまったんです」
「多分、お店側は自分たちが作った仕掛けで人が死んでしまった可能性を考えて、黙っているんだと思う。即時発動しない魔法は魔法陣で制御されるけど、テーブルの上には魔法陣なら使わなきゃいけない発光物質が存在しない」
違法な魔法陣を使って、そのために人が死んだとなれば、店としては死活問題となる。そのため、今の今まで黙り込んでいる可能性が高い。勿論、テーブル全体を調べればすぐに露呈するのだが、刑務部の面々は今のところ彗星の毒の検出しか行っていないため、その仕掛けには気付いていなかった。
「……すり替えた、と言いますが」
シンディは落ち着いた声音を出す。だが、両手は固く握りしめられていて、手の甲に血管が浮かび上がっていた。
「私はテーブルには一度も近づいておりません。どうやって彼のテーブルに彗星の毒を仕込むのですか」
「そう、貴女は司会者という立ち位置を利用した。テーブルに一度も近づいていない貴方が、毒を仕込めるわけがない。周りがそう思うのは至極当然」
「でも貴女はある程度ステージをコントロール出来る立場にあった。オルバさんが飛び入り参加した時に、貴女は店員に、テーブルを拭くように言ったのではないですか?」
食事の前にテーブルを拭くのは不自然なことではない。シンディは店員たちが作業をしているすぐ傍に立っていたし、彼らに何か指示をしたとしても、大会の進行のためと見做される。
オルバが着席して、カトラリーなどを用意する際に店員にダスターを手渡し、テーブルを拭くように告げる。そうすれば店員は何の疑いもなく従うに違いなかった。
「この殺人計画の賢いところは、貴女が状況を利用して偶然が重なるのを待つ、という点にあります。オルバさんが今回来なくても、次のチャンスを待てば良い。仕掛けが自分に都合のよい仕組みでなければ、無理をして殺すこともない」
「オルバさんが参加して、大会のステージに仕掛けがあって、それが自分に都合の良い物で、そしてオルバさんが魔法を発動する。いくつかの偶然が噛み合わない限り、殺人は成立しない。貴女は一番自分に有利な時に、彼を殺せればそれでいい」
シンディは小さく喉を鳴らすようにして笑った。
「面白いお話ですね。でも、私がそれをやったという証拠はないでしょう? お店の方が装置のことを知らないで、テーブルの上を拭いてしまった。その時に使ったダスターには通常よりも低い希釈度の彗星の毒が使われていた。そういう悲しい事故も考えられます」
「そう言うと思った」
アリトラはその答えを予期していたため、あっさりと返した。
「それが貴女の狙いだもんね。自分への嫌疑が掛からないようにして殺す。そのために、きっと何度も待ち続けた。その慎重さは凄いと思うけど、貴女は一つだけミスをした」
「……は?」
女の顔が僅かに歪む。アリトラの言葉の意味を、咄嗟に理解出来ていない様子だった。アリトラは相手を逃すまいとするように、視線を反らさずに最後の詰めに転じる。
「貴女の狙いはあくまでオルバさんだけ。ということは、彼の席を拭いたダスターを他の人に使われては困る」
アリトラは女が腰に提げている精霊瓶を見た。ピンク色の鳥の精霊が、その中でさえずっている。同じ色の魔力は瓶の半分ほどを満たしていたが、少しだけ使用された痕跡があった。
「彗星の毒は、濃度を一度しか指定出来ない。つまり、既に桶の中に溶かされてしまったものに対して濃度の調整をすることは不可能。貴女は元々別の容器に彗星の毒を溶かしておき、その水でダスターを濡らしておいた。そしてそれを店員さんに渡して、オルバさんの席を拭くように指示をした」
「一度使われたダスターは桶の中に入れられます。付着した高濃度の毒はそこに染み出て、他と混じりあう。貴女は店員さんの業務上の作業を利用して、証拠を隠滅した。木を隠すなら森の中、ダスターを隠すならダスターの中というわけです」
シンディはリコリーの「隠滅」という単語を聞くと、ゆっくりと口角を上げた。
「それでは、私が犯人だとは言えないのではないですか?」
「ダスターには触れた?」
「さぁ、どうだったかしら。忘れました。忘れることは罪ではないでしょう?」
「確かにね。でも思い出させることは簡単」
アリトラは相手の手を一瞥する。
「手を調べれば、彗星の毒が付着しているかどうかは一発でわかる」
「あぁなるほど。ですが、それでわかるのは私がダスターを持ったかどうか……」
「両手から反応が出ると思う」
シンディは言葉を途中で止めて、酸素を求めるかのように口唇を上下させた。アリトラはその様子を見ながら続ける。
「店員さんにダスターを渡す前に、貴女はそれを絞った筈。そうじゃないと使い物にならない。ただ手渡すだけなら、両手から反応なんて出ないでしょ。まして貴女は、あの時ずっと、魔法陣の入った皿を片手に持ってたんだから」
「調べるのは簡単です。それで、もし貴女の両手から反応がでたら、理由を説明していただけませんか?」
女は黙り込み、視線を泳がせた。その視線が、すぐ近くの作業用テーブルに向けられたことに気が付いたのは、アリトラだった。テーブルの上には水桶が置かれたままになっており、近くには誰もいない。そこに手を入れられれば、折角の証拠が失われる。
シンディが椅子を蹴るようにして立ち上がると同時に、アリトラも踏み込んだ。相手の右手首を掴み、動きを止めようと試みる。それに対して、シンディが左腕で突飛ばそうとした時だった。ステージの方向から、何かを叩きつけるような大きな音が響き渡った。
「てめぇ、お嬢様に何しやがる!」
全員の視線が、椅子の上に立ち上がったメイドへと注がれた。今の音は、シャリィが怒り任せに椅子に飛び乗った音だと皆が気付くのに暫くかかった。その間にもシャリィは、シンディに向かって口火を切る。
「アタイの坊ちゃんとお嬢様に怪我でもさせてみろ、今すぐそのお上品な顔をジャガイモみたいにしてやっからな! 犯人なら犯人らしく、ジタバタしねぇで罪を認めやがれってんだ!」
メイドの突然の変貌にシンディは呆気に取られたように固まる。アリトラはその隙にリコリーに合図をして、水桶を離れた場所に移動させた。双子にとっては、シャリィの口調は驚くことではないので、動揺することもない。
シャリィが周囲から「じゃじゃ馬」と呼ばれるのは、その本来の口調のためだった。元々下町の大衆食堂で、屈強な男たちを客としてきたシャリィは、口も悪ければ足癖も悪い。メイドの服を着ている時は、お淑やかな口調で乱暴なこともしないのだが、元の興奮しやすい性格のために、今のようについ口に出てしまうこともある。
シャリィは周囲を見回すと、ぼんやりしている刑務部の若手を見て指をさした。
「何チンタラしてんだ。さっさとあの犯人だか容疑者だかを調べてきやがれ!」
「は、はい!」
「そっちのヌボーっとしたお前もだよ。男ならチャキチャキ動けってんだ! 駆け足!」
「はいぃっ!」
勢いに飲まれて、若い魔法使い達は慌てて走り出す。そのすぐ近くでカルナシオンは頭を抱えていたが、暴走したじゃじゃ馬を止める術は無かった。
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