8-4.ラスト・スパート
「皆、沢山食べるね」
リコリーは手にした小さなピザを口に運びながら言った。他の観客達も同様にピザを食べている。大食いのためにピザを次々焼いているが、どうしても余りが出てしまうとのことで、小さく切ったものが観客席に配られていた。
「当然。だって大食い大会だもん。……レッド・トリオ美味しい。辛いのが癖になりそう」
アリトラは赤いピザを一口かじると、嬉しそうな顔をする。
「チキンをただ辛く味付けしただけじゃ、こんな深みは出ない。スープか何かに一晩漬けたものを使ってるんだと思う。玉葱のペーストとかかも。そっちのビーフ・エンペラーは?」
「肉の素材の味が効いているけど、どこか爽やかな風味がある。多分、ジンジャーを先に油で炒めているのかな。ホロホロとした食感をパプリカの甘味と歯ごたえが引き締めていてとっても美味しいよ」
「交換、交換」
二人は互いのピザを取り換えて、一口ずつ咀嚼する。
その様子を見ながらベーシック・ファイアを食べていたカルナシオンは、小さく肩を竦めた。
「あまり食べすぎるなよ。喉が渇くぞ」
「大丈夫、もうそろそろ決着つくでしょ」
残り時間は五分を切っていた。
参加者の前には、既に食べきった皿を山積みになっている。それだけでも眩暈のしそうな光景だったが、中でも圧倒的なのはシャリィだった。
既に右端にいる店員は胃袋の限界が来たらしく、皿の上に残った一かけらを睨みつけている。その隣の女は淡々と食べ進めているものの、ピザを食べる頻度よりも水を飲む頻度のほうが早い。ラスレ人はピザを細かく切って食べる作戦に転じたようだったが、それが正しいのかどうか迷うかのように、視線は落ち着きがなかった。
「ビーフ・エンペラーを」
十五枚目の皿を重ねたメイドが、その中で凛とした声を出す。
それを見て左端の巨漢が急いで皿の上のチーズを口に掻きこんだ。二人の皿の数は同じであり、恐らくどちらかが優勝すると観客も思っていた。
「マーチェッタ・スライス!」
男がそう言いながら左手を上げた拍子に、水差しに手が当たった。中にはまだ半分以上の水が残っていたが、それが全てテーブルの上に零れる。隣に座っていたシャリィは驚いて飛びのき、使っていたフォークを落としてしまった。
謝罪をする巨漢に対して、シャリィは愛想笑いで応じる。ピザを運ぶために待機していた店員のうち一人が慌てて駆け寄り、フォークの交換と、テーブルを拭くための布製のダスターを数枚提供した。
巨漢はひったくる様にして左手で真新しいダスターを掴むと、早くピザを持ってくるように告げる。視線は落ち着きなくシャリィの方を何度も見ていて、明らかに焦りを覚えているようだった。
店員が急いでピザを持ってくると、男はまず水を一口飲んだ。それを見た司会者が大袈裟な声を出す。
「おっと、ここで遂に出ました。炎を食らう男、オルバさんの得意技です。強敵の出現に闘争心に火が付いたのでしょうか!」
男はピザを両手で掴むと、そのまま口の中に押し込んだ。殆ど飲むようなその仕草に観客からどよめきが上がる。
「熱さなどまるで感じていないような食べっぷり。お見事! これはリークレットさんも負けてはいられない……と思いきや、全く気にも留めずに食べ続けています。あの細い体のどこに、大量のピザが吸い込まれていくのでしょうか!」
司会者が興奮気味に言った、その時だった。
ピザを貪るように食べていた巨漢が、突然うめき声を上げて立ち上がった。口いっぱいにピザを頬張ったまま、両目を見開いている。始め、誰もがその仕草を、ピザを喉に詰まらせたのだと解釈した。実際、それを滑稽だと思って笑う声も聞こえた。
だが、男が苦しそうに口を開いて、ピザを零した時に、和やかな空気は一変する。テーブルに落ちたピザは真っ赤に染まり、そして同じ色のものが次々に男の口から滴り落ちていた。
巨体が大きく揺れて、仰向けに倒れる。
一瞬の静寂の後に、司会者が悲鳴を上げた。拡声魔法陣を使用したままだったために、雄叫びのようになった声が広場から駅の向こうまで響き渡る。しかし、そのお陰か観客達はさほどパニックにならずに済んだようだった。
その中で、一番最初に動いたのはカルナシオンだった。ステージに駆け寄ると、倒れている男の傍へとしゃがみ込む。口の周りをチーズと血で染めた男は、既に微動だにしなかった。見開かれた目が瞬く間に茶色く濁っていくのを見たカルナシオンは眉を寄せる。
「おい、じゃじゃ馬」
男が完全に死んでいるのを確認したカルナシオンは、席に座ったままのシャリィに声を掛けた。
「お前、他の連中が動かないように見張ってろ」
「その方、どうしたんですか?」
カルナシオンはその当然の疑問に対して、あまりにあっさりと言葉を返した。
「死んでる。多分毒物だな」
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